【ノーパン闘病記 Part 2】
ヤッバイなあ、帯状疱疹かあ……。
つい2,3年前、日本にいる父がおなじ病に罹り、苦しんだのを知っている。後遺症の神経痛で痛みが続き、とうとう神経ブロックを受けた。
その記憶が新しいだけに、神経痛が残ったら面倒なことになるぞ、と暗い思いが押し寄せる。しかし、まあ、そんな先の心配をしてもしゃーない。のしかかる不安を無理やり振り払って、診療所を出た。
薬局に寄って、処方された1週間分の抗ウイルス剤を買い、帰宅するなり、まず薬を飲んだ。4時間おきに1日5回服用とある。あわれ、薬嫌いのわたしがどっぷりこんと薬漬け。
それからパソコンに飛びついた。ネットで「帯状疱疹」を検索すると、皮膚科のサイトがずらずらーっと出てきた。なになに、帯状疱疹はあの雅子さまも罹患された、と。
ほほう……。うーん、やっぱりねー、こう言っちゃあナンですが、わたしと雅子さまって、ホント、共通点が多いのよねー、ほほほほ。
まず、美貌、気品、聡明さはもちろんのこと、(ウソつけ、という声がどこからか聞こえてくるが、ええい、黙れ、黙れ)、罹る病気がおんなしなのよねー。
うつ病(適応障害)でしょ、それから今度はこの帯状疱疹。本当に、お仲間どうし、手を取り合ってお慰めしたいですわ。
んで、帯状疱疹って、いったい何やねん?
と調べていくと、要は、子供のときにやった水痘(水ぼうそう)のウイルスが暴れているのだと判明した。
水痘は10日ぐらいで治り、免疫ができるので、その後に水痘に罹ることはない。ところが、水痘のウイルスってヤツは、とんでもなく陰険で根性ワルなのだ。
水痘が治ると、もう免疫があるから、わーい、二度と水痘には罹らんぞ、と安心する。ところがそのウイルスは、人を安心させておいて、こっそり体の中にもぐり込む。
そう、治ったからといって、ウイルスは死滅したわけではないのだ。体内にもぐり込み、一見おとなしそうにしたまま、じいーっと次の出番を待っている。
しかも、ひそんでいるところが、神経組織ときている。だから陰険。さらに、神経組織のなかでも特に知覚神経を障害するというから、ますますもって陰険である。
ふだんはひそんでいるウイルスだが、ストレス、疲労、加齢、外傷、手術などによって、体の抵抗力が落ちると、ウヒヒヒ、待ってましたとばかりに活性化し、発病する。
この病気が出るということは、体が疲労しているということだ。だから、まず安静第一にして、十分な栄養と睡眠を取ることが大事、とお医者さんのサイトには載っている。それなのにーー
こらあ、亀! アンタ、わたしにそんなこと一言もいわんかったやん!
ただ、薬を処方しただけで、何の説明もなし。鼻毛や耳毛ぼうぼうにしてないで、ちゃんと説明しろよな、ったく。ついでに切れよ、鼻毛と耳毛。
日本の病院では、帯状疱疹の患者に、薬の服用以外に点滴などの処置をするようだが、イギリスではそんなことはほどんどしない。
なにしろイギリスは、医療費が無料の国だもの。税金はガッポリ取られた上に、医療費削減のために処置は最小限。だから、イギリス人は風邪なんかで医者には行かない。どうせ行ったところで何もしてくれないんだもん。
服薬以外にも自分でできる対処法はないかと、さらに医師のサイトをあちこち探すと、「温めると痛みも和らぐし、神経痛の予防にもなる」とあった。うんうん、こういう情報が欲しかったのよ。よーしよし。
そうだ、アランのお父っつぁんに報告しないと。
医者の診断をメールで報告すると、折り返し返信があり、指示を得た。
「ネットで神経分布図を調べて、枝分かれして患部に来ている神経のそれぞれをレイキすること」
こうして戦うべき敵、帯状疱疹についての知識、および対応策をひととおり蓄えた。よっしゃ、「敵を知り己を知れば、百戦危うからず」だ。
えいやっと服を脱いで、戦闘服(寝巻きとして一番楽なロングTシャツ)に着替え、太ももの疱疹にさわらないようにして、パンツを脱いだ。
こんなものを履いていたんでは、トイレでパンツを上げ下げするたびに、痛みで飛び上がらなくてはならない。このときから10日間、わたしはノーパンで過ごすことになる。
さてと、まずは体を温めることだ。体温を上げると免疫力が上がることは、かの「免疫革命」の安保徹先生も、「おもいッきりテレビ」の石原結實(ゆうみ)先生もおっしゃっている。
厚手のソックスを履き、腹巻をした。そして疱疹のうえに日本の手ぬぐいを巻いて、その上から使い捨てのカイロをあてた。さらにその上にタオルを巻いて、その上から、包帯を巻いて、カイロがずれないように固定する。
いよっしゃあ! これで戦闘準備完了。
おーっし、かかってこい、帯状疱疹!
おーっし、そっちがその気なら、やったろやないけ。
と、ヘルペス(疱疹)が言ったかどうかは定かではないが、たぶん、言ったと思う。
だって次の日、こっちが臨戦態勢を整えるのを待ち構えていたように、ヘルペスは本格的に攻撃を開始してきたからだ。
これにくらべたら、きのうまでの痛みなんぞ、ハナクソだ。ズキーン、ズキーンと強烈な痛みが、容赦なく刺してくる。くしゃみをしても、ズキーンと来て、のけぞる。
ちょ、ちょっと待って。タ、タンマ。ロープ、ロープ!
い、いきなりそりゃないだろー。アイテテテ……。
「おーっし、かかってこい!」という、きのうのファイトはたちまちぶっ飛んで、あまりの痛さに、えーん、痛いよう、痛いようと、半べそ状態だ。
それにしても、ああ、よかった、きのうドクター亀の所に行っておいて。今日なら行くのが大変だった。いや、行けなかった。往診を頼まなくてはならなかっただろう。
あるサイトに、「ヤケドしたところにイガ栗を押し付けたような痛さ」って書いてあったけど、うーん、うまいこと言いよんなあ、まったくもってその通り。と、感心しているバヤイじゃなくて、アイタタタ……。
なんだか、1日に次々と何匹もの蜂に刺されているような感じ。あまりの痛さに、ベッドでじっと寝ていることができない。
こういうときは、アレだ。
アレしかない。
イデデデデ……と右足を引きずりながら階下に行って、ビデオをつけた。見るのはもちろん、友達のYちゃんが送ってくれた、「免疫力アップ強力お助けビデオ」。
これは日本の番組を録画したもので、「吉本新喜劇」「探偵ナイトスクープ」「さんまのまんま」「踊る!さんま御殿」「エンタの神様」「たかじんONEMAN」「行列のできる法律事務所」など、爆笑番組がぎっしり詰まっている。
ガンとうつ病を持つわたしにとって、これはビデオではない。薬である。何よりも大切な薬である。自分もうつ病をやってその辛さを解ってくれる友達だからこそ、これまでに20巻以上ものビデオを、送ってくれたのだ。Yちゃん、本当にありがとう。感謝です。
笑いが免疫力をアップしてくれることは、精神神経免疫学の分野のみならず、日本では今や一般常識となりつつある。
ある大学で、こんな実験をやった。
20人の学生を、吉本興業のなんば花月に連れて行き、血液を採って、血中のNK細胞(ガンをやっつけるナチュラルキラー細胞)を調べた。このとき、彼らのNK細胞は、平均して40%働いていた。
それから3時間ほど漫才を聞かせ、そのあと、もう一度採血して調べた。すると、NK細胞は70%働いていた。免疫力が倍近く上がっていたことになる。
笑いが、これほど免疫力を活性化してくれることは、驚異である。まさに「百薬の長」だ。
医者に行って、治療を始めたのが、疱疹ができてから五日目だった。この日から、新しい日課ができた。
朝起きると、まず患部にカイロを当て、腹巻や厚手のソックスで体を温め、お笑いビデオをつけてソファに横になる。
ビデオを見ながら、ついでに、自律神経の乱れを治すための爪もみをやる。さらに、一日に最低一時間はレイキをやる。そして、一日に5回の抗ウイルス剤の服用。この五つの手当てを、毎日続けた。
後に神経痛を残さないためにも、毎日脚にレイキをやるのだが、しかし、こいつがまた、とんでもなく痛い。
そうでなくても十分痛いのに、レイキをやると、新たにまた、針を千本くらい束にして、ウリャーッと投げつけられたような痛みが、ドワッと広がる。ふうーっ、たまらんぜよ。
笑いは免疫力を上げてくれるだけでなく、痛みそのものを軽減してくれる。痛みを深刻に受け止めないですむからだ。
ズキーンと来ても、「さんまのまんま」を見て、わはは、モモコ(漫才師)の母ちゃん、おもろいなあ、アイタタタ……。
「行列のできる法律事務所」を見ては、あはは、んもー、丸山弁護士、最高! 大好き! イデデデデ……。
たしかに痛い。けれど、ケラケラ笑って耐えられる。それがどんなにありがたかったことか。ちなみに、うちの父ちゃんはこの間に、「アイタタタ」と「イデデデデ」という日本語を完璧にマスターして、事あるごとに連発しては笑わせてくれた。
発病して九日目になって、やっと鎮痛剤なしで夜眠れるようになった。醜く浮き出ていた水疱は、まったく破れることもなく、赤黒いかさぶたになった。
そして、11日目の朝、ストンと痛みが楽になった。これは、レイキのおかげだといって、おそらく間違いないだろう。ふつうは、3週間から1ヶ月くらいは苦しいと聞くから。
12日目、抗ウイルス剤の服用が終わった。この日からカイロをはずした。痛みは、軽いものが時々ある程度。かさぶたが少し痒いのもある。自然にとれたかさぶたもあって、全体として発疹が小さく、赤黒い色が少なくなってきた。
そして、14日目の朝。
痛みはほとんど取れた。たまに弱い痛みがあるけど。さあ、もう病人はおしまい。これまで寝巻きで過ごしてたけど、この日から服を着た。
すると、午後になって、父ちゃんが、
「リテイル・セラピー(retail therapy)はどう?」
と提案した。
リテイル・セラピーとは、イギリスのテレビのコメディで使われた造語らしいが、訳すと「小売店療法」。ま、早くいえば、お店に行ってショッピングでストレスを発散したり、癒したりすることを、ユーモラスに表現したものだ。
辛い思いをしたね。大変だったね。
何か好きなものでも買いなさい。
ああ、父ちゃんて、なんて優しい人なんだろう。いつもそうだ。わたしが病気で寝込んだあと、外出できるまで回復すると、洋服でも買いなさいと、ショッピングに連れていってくれる。
んじゃ、お言葉に甘えて、何か買ってもらおーーっと!
いそいそと外出の支度をして玄関を出て、車に乗ったとたん、
うわあああああーーーっ!!!
わ、わたし、パンツ履いてないーっ!
ひえええ、ノーパンでショッピングセンターへ行くとこだったわあああ!
いえね、ここだけの話、10日間もノーパンで過ごすと、もうそれに慣れちゃって、履いてないことを、コロッと忘れてしまうのであります。
だって楽ちんだもの。うん、なかなかいいぞ、ノーパンも。これからもノーパンで行こうかしらん。って、そうはいかんか……。
【追記】
今回の病気で、わたしに大きな気づきを与えてくれたのが、メルマガの読者の方々からのお見舞いメールでした。
わたしがお会いしたこともない方々が、たとえほんの一言でも、言葉をかけてくださる。その優しさが、身に沁みてうれしかったです。
お見舞いに、美しいカードを送ってくださった方もありました。勤務先の庭に咲いた、バラとアイリスの写真を送ってくださった方もありました。真紅のバラと、目の覚めるような紫のアイリスに、ほろりと心がなごんだものです。
そして、たくさんの方が、ヘルペスをやったときのご自身の、あるいは、お身内、友人の体験談を語ってくださいました。それを読んで、わたしはなんと幸運だったのだろうと、じみじみ思いました。
まず、驚いたのが、意外と誤診があるのだ、ということです。医者が帯状疱疹だとわからず、そのうちに手遅れになってしまったケースが、何通かのメールで報告されていました。
わたしのGP(ホームドクター)の亀さんは、ストレートに正しい診断を下しました。鼻毛と耳毛はぼうぼうだけど、ヤブではない。ありがとう、亀さん。感謝です。
そして、わたしのレイキの先生のアランにも感謝です。あのとき彼の「医者に行け」という言葉がなかったら、わたしはまだぐずぐずして、手遅れになっていたに違いありません。
わたしはヘルペスになって、体を休めていられた。ところが、あんな苦しい状況でも仕事を休めず、働かなくてはならない人もいるのだということも知りました。
わたしには退職した夫がいるので、食事はすべて作ってもらえました。でも、一人暮らしでそんな贅沢は望めない人もいるのです。
わたしはなんてラッキーなんだろう。
ありがとうございます。
手を合わせて、お礼の言葉をつぶやきました。
そして、幸いだったことは、わたしのヘルペスが脚に出たことです。これが目に出たら失明することもある、そう聞いてはいたのです。でも、読者の方からのメールで、友人が実際に失明したという話を読んで、衝撃を受けました。
さらに、ヘルペスで亡くなったという最もショッキングな報告も、2通ありました。一つは、頭痛がひどく諸検査でも原因がわからず、結局、血液検査で脳ヘルペスと判明したときには、すでに手遅れだったそうです。
二つめは、ヘルペスと診断されるまでに、いくつもの病院をたらい回しにされて、正しい診断が出た時には、すでに全身の神経にヘルペス菌が回った状態に……。そして、あの強烈な痛みの神経痛が、お亡くなりになるまで続いたそうです。
皆様からいただいたメールを読んで、つくづく、自分が「生かされている」のだと思いました。そして、この病気を通して、たくさんのことに気づき、学びばせていただきました。
ありがとうございました。
感謝の気持でいっぱいです。
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