恋愛期間

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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恋愛期間

テレビをつけたら、男と女のキスシーンだった。
極端なクローズアップなので、画面に映っているのは閉じた目、鼻、口元ぐらいのものだ。だが、目じりのシワなどから察するに、中年の男女らしい。

ぶっちゅーーーーっと、密着したふたりの口がなにやらうごめいて、やたら激しく、長く、それはそれは濃厚なキスである。

おりょ? 映画でもやっているのかな?
――と、そのとき。

画面の下にテロップが出た。
「このふたりのうちのどちらかは、入歯安定剤を使っています」
それからシーンが変って、安定剤そのものの画像が出た。
それだけ。他に何も説明はない。

これって、そうか、イギリスの入歯安定剤のコマーシャルなんだぁ。へええ……。――ちょっとしたカルチャーショックだった。

それからしばらくして、もうひとつ、別のヴァージョンを見た。おなじく、中高年の男女の横顔のアップ。

向きあったふたりが、ひとつの食べ物を、手を使わずに口で食べていくシーン。その食べ物が何だったかは忘れたが、たとえばポッキーのようなお菓子を、ふたりで両端から食べていく。

あるいは、「アーン」した相手のお口に、チョコなんぞを入れてやる。まあ、要するに、男女がイチャイチャしている図である。わが社の入歯安定剤を使えば、こーんなことも、それから、あーんなこともできまっせえ、と煽っている。

ううーーむむむむ……。この違い。
あまりにも違うじゃないか、日本の入歯安定剤のコマーシャルと。

日本のそれは、溌剌としたじーちゃん、ばーちゃんが出てきて、「カリッ!」なんて音をたててセンベイを噛む。「こんなに噛めますッ!」って、もう、ひたすら食い気のみ。

それとか、同窓会に出席するのをためらう父親に、中年の娘が「これして行ったら?」なんて安定剤を薦める。「そうだな」といって、父親はそれを着装して同窓会に出かけて行く。という、地味ぃ〜なコマーシャル。色気なんぞは微塵もない。

それにひきかえイギリスでは熟年というか、初老というか、そういう年代の男女の濃厚なキスシーン。

この安定剤を使えば、どんなに激しい情熱的なキスをしても、入歯がはずれてシラけることはありませんぞ。どうぞ、デートにはこれをお忘れなく。そういうメッセージの、コマーシャルなのだ。


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入歯を固定して行く先が、同窓会ではなく、デートである。
ね? ここんとこが違うんですよ、西洋と東洋では。
これって、あれですかね、肉食動物と草食動物の違いかしらん? 

彼らはいくつになっても、自分が女であること、男であることからリタイヤしない。つまり、恋愛に現役でいられる期間が、日本人よりは、うんとこさ長いってこと。

日本にくらべれば不自由なことばかりの外国暮らしだが、わたしたち日本人の中年女が、イギリスで暮らしてホッと安堵することのひとつに、人に年齢を聞かれないことがある。

人に歳を聞くのは失礼なことだから聞かない習慣だが、何よりうれしいのは、女性を年齢で判断しないことだ。

日本では、20代も後半になればもう「おばはん」で、「おばはん」はもう「女」からリタイヤしたもの、女性として扱ってもらえないような風潮がある。

いや、おばはん自身は女でいるつもりなのに、日本の男性にそういう価値観があるから、どうしょうもない。

いつぞや、小学生のふたりの子供を持つM子さんとお茶を飲んでいて、こんな話になった。もしも今、イギリス人の夫と離婚なり死別なりでひとりになったとしたら、日本に帰るか、イギリスに残るか。

すると、専業主婦である彼女は即座にこう答えた。
「ふたりの子供をかかえた女を、日本でいったい誰が拾ってくれるっていうの。ふりむいてもくれないわよ。

でも、イギリスではそうじゃない。コブ付きの女だって、まだこれから恋愛の可能性はいくらでもあるから、やっぱりイギリスに残るわ」 

なーんだ、結局は男に依存して生きる、っちゅうことか。あんたね、自分で子供を育てていくことは最初(はな)から考えとらんのかい。

と、一瞬思ったけれど、いやいや、ふたりの子供をかかえてシングルマザーとして生きていく、その現実を考えると、もしかしたら自分だって彼女とおなじことを言うかもしれないのだ。

イギリスはヨーロッパでも、離婚率も高いが、再婚率も高い国である。だから、たしかにコブ付きの女でも、恋愛チャンスはいくらでもある。

もちろん、日本にそういうチャンスがない、と言っているのではない。ただ、イギリスの社会を見回すと、女性の年齢や子供の有無にこだわらない男性が、日本よりは明らかに多いので、必然的に、そのようなチャンスも多いと考えられる。

ただ、離婚再婚の多い世情ゆえ、相手の男性もコブ付きであることを、覚悟しておく必要がある。しばらく前のことだが、このイギリスの現状を凝縮したようなテレビドラマを見た。

ジョアナ・トロップ(Joanna Trollop)の『他人の子供たち(Other people’s children)』という小説をドラマ化したもので、わたしは思わずのめり込んで見てしまった。

ストーリーは単純で、中年の男女が恋に落ちる。どちらもコブ付きなので、なかなかデートもままならない。女の子供はまだ小さいが、男の方には若い娘がいる。

父親を慕うこの娘が、ありとあらゆる手段を使って、ふたりの仲を裂こうとする。そしてとうとう、度重なる娘の嫌がらせに屈した女は、愛する男から離れていく。という、悲しい結末。

わたしには子供もいないし、まあ、今のところ、父ちゃんとの離婚の兆しもないので、身につまされることもないのだが、それでも周囲を見回すと、そんな現実がいくらでもころがっているので、つい真剣に見てしまった。

この国では、70代の男女の同棲、結婚もそう珍しくはないし、また世間も、それをとやかく言うことはない。「いい歳をして」というコンセプトは、日本よりはずいぶんと薄い。

日本にいた頃、わたしは歳をとったら枯れていくほうが好きだと思っていたが、この国で13年暮らした今、年齢に関係なく、人を好きになることは素敵なことじゃないかと、思うようになった。

うーむ、わたしもこの先、父ちゃんが死んだら、入歯安定剤を使って頑張ろうかしらん。と、勝手に亭主を殺して、自分が長生きするつもりでいるから、おめでたい。

ふと、父ちゃんを見ると、テレビの前でこっくり、こっくり、舟を漕いでいた。
妻の気も知らず、ここにもまた、おめでたいのがひとりいる。


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