ぜんざい

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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イギリス生活よもやま話【ブログ】

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ぜんざい

明日はユキ子さんとヒロミさんがやってくる。
毎週木曜日の午後、わたしたち三人、この地域に住む、イギリス人の夫を持つ日本人の妻たちが集まる。

ささやかなお茶の会、といえば聞えはいいが、なに、駄菓子をつまんでの井戸端会議である。誰も手土産は持参しないし、また招く方もケーキを焼いたりはしない。

その辺にある駄菓子でお茶を飲みながら、思いきり日本語でしゃべって日頃のストレスを解消しようという、いたって気楽な集まりである。

原則として手土産は持参しないが、やはりそこは同邦のよしみ、日本の食品が手に入ればたった一袋のお菓子でも、一本の羊羹でも、かならず三人で分ける。

あるとき、ユキ子さんちに行ったら、実家から小包が届いていた。彼女はその中から、なつかしいカッパえびせんの袋を出して、緑茶を淹れてくれた。

そのとき、チラと見えちゃったのである、箱の中におかきの袋があったのを。しかもそれは、わたしの好きな白焼のオカキだった。醤油をつけた茶色のオカキで、海苔を巻いたのなんかも好きだが、白いのはもっと好きなのである。

そりゃまあ、えびせんも珍しいけど、あたしゃどっちかというと、あっちの方が……。おあずけを喰った犬のように、うらめしそうな、いじましそうなわたしの視線を知ってか知らずか、ユキ子さんは「これはまた今度」といって、サッと戸棚にしまった。

ええーっ、そ、そんなあ……。
また今度といっても、どうせ明日にでも食べてしまうんだろう、ちぇっ。いいな、いいな。わたしはいい歳をして内心、子供のように拗ねていた。

それからしばらく、わたしたちはそれぞれが忙しくて、会えなかった。そしてひと月たって三人が集まったときに、なんとユキ子さんは、戸棚から、あのおかきの袋を出してきたのである。

わたしは驚いた。
「れれっ、それ、まだ持ってたん?」
「うん、みんなで食べようと思ってとっておいたんだよ」

ガーン。なんと優しいユキ子ちゃん。子供にもあげずに、わたしたちのためにキープしておいてくれたとは。

ああ、天使のような彼女にくらべて、なんだ、このわたしのいじましさは。もう、恥じ入るほかはない。わたしはそっと赤面した。

そのおかきは見るからにおいしそうだったが、実際、サクサクとして、ホントにおいしかった。これに感動して、わたしは甘党のユキ子さんとアンコの好きなヒロミさんに、なんとかして和菓子を食べさせてあげたいと思うようになった。


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そんな折り、所用でロンドンに行った。
ロンドンはピカデリーに和菓子の専門店がある。この店の前を通るたびにわたしは、ウインドウのガラスにへばりついて、溜息をつく。季節ごとに日本情緒で飾られる和菓子屋のウインドウは、しっとりと美しく、郷愁を誘う。

が、しかし――、
その値段ときたら!

お上品な、ほんの一口サイズのおはぎが、一個約三百円(一個ですぞ、一個。ワンパックちゃいまっせ)。いや、あんさん、日本でも一個が三百円以上の和菓子がありまっせ、というご指摘もあろうが、それは老舗の凝ったお菓子でしょう? ぼたもち、おはぎの類ではないはずだ。

この店では、それが最低の値段である。この夏には、あんまんくらいの大きさの桃をかたどったお菓子が出ていたが、この値段が、なな、なんと約千四百円(もちろん、一個ですぞ、一個)。

千四百円のお饅頭を見て、わたしは卒倒しそうになったと同時に、ムラムラと怒りがこみあげてきた。

あの、ヴェネツィア随一のホテル、ダニエリでお茶を飲んだときとおなじ怒りである。あのホテルでは、ちっぽけなケーキがやはり千四百円だった(もちろん、一切れですぞ、一切れ)。んなアホな。む、むちゃくちゃな値段やないか。

イギリスでも、わたしたちのように地方に住む者は、ロンドンまでの交通費もプラスされるから、饅頭一個がとてつもなく高いものにつく。

美しい和菓子屋のウインドウの前で、値段とサイズの相関関係にむらむらっと怒りを覚えたケチなわたしは、ピカデリーの舗道で思わずこぶしを握り、一大決心をしたのである。

おはぎ一個に三百円も出せるかいっ、アホらし。
よしっ、アンコぐらい自分でつくってやるっ!

ここで、「おはぎぐらい自分でつくってやる」と宣言できないのが、悲しいところ。おはぎにはもち米がいるが、またそれが、どこでも手に入るというものではないのだ。

だからとりあえずはアンコである。それがあればぜんざいでもきんつばでも、水羊羹でもできるじゃないか。

わたしの住む田舎町でも、大きなスーパーか自然食品の店に行けば小豆は手に入る。だから、とりあえずはアンコである。スーパーで買ってきた小豆の袋には産地が「いろんな国々」と書かれているので、世界のどこでとれたものかよくわからない。

それにしても「いろんな国々」って表示はないでしょうが。途方もなくアバウトなのはこの国の常だが、せめてアジアとかアフリカとか書けんか? ま、とにかく日本産でないことは間違いない。


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さてさて、この素性の知れぬ小豆を使って、わたしのチャレンジが始まった。まず、小豆を熱湯といっしょに魔法瓶に入れて一晩置いた。

次の日には水分を含んでふくらんだこの小豆を、ゆっくりコトコト煮ればおいしいぜんざいができるはず。何もむずかしい料理ではない。

一日かけて鍋でゆっくり煮た。
ところが──。

不思議なことに、柔らかくならないのだ。皮が破れないままで、噛んで歯ごたえがある。次の日も終日コトコト煮た。もちろん砂糖は最初から入れず、煮込んでから少しづつ入れたが、二日煮てもおなじ歯ごたえがある。

これ以上煮ても柔らかくなりそうもないし、三日三晩煮つづけるづ忍耐もないので、これでおくことにした。これがスパゲティなら上出来のアル・デンテだから、まあ、食べて食べられないことはないのだけれど、やっぱり歯ごたえのあるぜんざいなんて、ねえ……。

悲しいことに、外国で暮らすと、和食に対するスタンダードがどんどん下がっていく。そしてどんどん意地汚くなっていく。

日本では「こんなもん食えるかっ」と一蹴してしまうようなものまで、わたしたちは「珍しいものを、なんとまあ、もったいない」と押しいただく。

うっかり床に落とそうものなら、ササッと拾い上げて、洗って食べる。洗えない場合はフッフッと吹いてゴミを飛ばして、パクッ(なーに、死にゃしないって)。

それが日本の郷愁を誘うものであれば、味は二の次。賞味期限を過ぎたものでもなんのその。日付を見なかったことにして食べる。だからわたしのアル・デンテのぜんざいなど日本では猫またぎもいいとこだが、ここでは貴重な珍味である。

豆が硬いなどと、贅沢をいっている場合ではないッ。ここでぜんざいが食べられるということだけで、感涙ものなのだ。外国暮らしでは贅沢は敵だッ。

「ごめんねー。この小豆、二昼夜煮たんだけど柔らかくならなくて」
「いいよ、いいよ。小豆が食べられるというだけで、うれしいんだから」
「きっと、豆が日本のじゃないから堅いんだろうね」

ユキ子さんとヒロミさんはアル・デンテ的半煮えぜんざいを、おいしいおいしいといって食べてくれた。しっかりおかわりまでしたから、まんざらお世辞でもないのだろう。

そして、箸を置いて、ユキ子さんがいった。
「そういえば、日本の昆布を煮たときもそうだったわ。ほら、日高昆布ってあるじゃない。日本から送ってくれたんだけど、いっくら煮ても柔らかくならなくて」

ヒロミさんも思い出したようにいう。
「かんぴょうもそやったわ。柔らこうならへん。なんでやろ」
不思議なこともあるもんだ。小豆も、昆布も、かんぴょうもダメ。
硬いものが軟らかくならない。

ということは……。
わたしたちは顔を見合わせた。

ということは――、
犯人は水!

そうだ、それしか考えられない。あのガチガチの硬水のせいだっ。硬水は石鹸が溶けないぐらいは知っていたが、うーむ、そのせいで豆が柔らかくならないとは……。

だが待てよ、わたしが使ったのは水道水ではあるが、浄水器のフィルターで濾過して、一応、石灰分を取りのぞいた水である。濾過した水でもだめなら、いったいどうすりゃいいんだ? 

その晩、わたしは頭をかかえて台所にへたりこんだ。なんとしてもあのふたりに、おいしい、まっとうなぜんざいを食べさせてあげたい。恋路を邪魔されるといっそう燃え上がるごとく、ぜんざいへの思いはつのるばかり。

――待てよ、水が悪いのなら……、そうだ、水を変えればいいんだ。
そうだ、ミネラルウォーターで煮てみよう。

次の日、スーパーへ行ってミネラルウォーターを買ってきた。そして大成功。小豆はふっくらと柔らかく煮あがった。これぞまさしく、正しくなつかしき日本のおぜんざい。

これに、こんがり焼いたお餅と、栗の甘露煮をちょこっと入れると豪華版なのだが、どちらもここにはない。お餅は日本から送ってもらった白玉粉でつくるとしよう。

できた、できた。ふっくら小豆のおぜんざい。
わたしは狂喜して電話に飛びついた。もちろん、ふたりを午後のお茶に招待するために。

あとで聞いてわかったことだが、昆布や豆は、圧力鍋を使えば硬水でも柔らかくなるそうである。それからはアンコを使ってきんつば、あんみつ、水羊羹などを作って楽しんだ。

ところがなんと、ひとつだけ困ったことが起きた。
それは、日本に帰国したときのこと――

缶詰やレトルト食品のぜんざいを食べて、唖然とした。途方もなくまずいのである。やはりコトコトと豆から炊いたぜんざいにくらべると、それはずいぶんと味がちがう。

日本にいた頃は、こんなものを喜んで食べていたのか……。
これは、逆カルチャーショックといっていいほどの衝撃だった。

あーあ、ぜんざいばかりに舌が肥えちゃってェ。これって、喜んでいいのか悲しんでいいのか、トホホ……。


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