イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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イギリス生活よもやま話【ブログ】

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水の違いに最初に気づいたのは、いつだっただろうか。
お風呂に入って、石鹸の泡立ちが悪いと感じたときだったか。それとも、水道の水を飲んでまずいと感じたときだったか。

いや、この地の水がどんなものかをはっきりと認識したのは、アランの下宿だった。

はじめてイギリスに来て、最初はホームステイをしていた。そのときには、台所に立つことがあまりなかったので気がつかなかったが、そのあと下宿して、自炊を始めた。

ハウスメイトが淹れてくれた紅茶のおかわりをしようと、薬缶を傾けて残っていた湯をカップに注いだとき、薬缶の口からカラカラと小さな、卵の殻のようなものがこぼれ落ちた。

なんじゃいなと、その白いかけらを指でつまみ上げると、パキッとくだけた。ははあ、これが噂に聞く石灰か。
薬缶のふたを取って、ぎょっ。

中は真っ白で、内側全体にびっしりと、白い石灰が層になってこびりついている。指でさわるとぼろぼろと剥げ落ちてくる。そのかけらが底にたまり、それが傾けた薬缶から出てきたというわけだ。

なるほどねえ。水がまずいはずだ。これだけの石灰の粉を、わたしたちは毎日飲んでいるというわけか。もっとも、こういった硬水はカルシュウムの摂取という点では理想的かもしれないが。

しかしこんな硬いものを体に入れて、腎臓結石とか尿路結石とか、ならないのかねえ……。まあ、そういう話はあまり聞いたことはないけれど。

この水で紅茶を淹れると、表面にギトッと被膜が浮く。油を浮かべたようで厭なものだが、ミルクを入れると、あーら不思議、このギトギトが消えてしまうのだ。

ははあ、だからイギリスでは紅茶はミルクティーと決まっているのか。イギリス人はレモンティーは飲まない。夏も冬も、熱いミルクティーである。

さらに、この水はまずいだけでなく、質(たち)が悪い。じつによくシミを残してくれるのだ。洗い物をしたあと、流しをよく拭き取っておかないと、あとでステンレスの表面にうっすらと白い石灰が残る。

このシミはこすれば落ちるが、毎度のことなので、そのつど拭き取っておかないと面倒なことになる。

やっかいなのは紅茶だ。陶器に紅茶が一滴でもつくと、もうそこに茶色の模様ができる。もちろんタワシでこすれば落ちるが、毎日のこと、糸底のあたりのシミを忘れたり、見落としたりする。

最悪なのはティーポットで、複雑な形をしているのでシミを見逃すことが多い。毎日毎日、ティーポットをとっつかまえてこすりあげる、なんてことをしない不精な主婦のいるわが家では、ティーポットの白地がなんとなく薄茶色を呈している。

姉がわが家に来たとき「もう、ポットぐらいちゃんと洗いなさいよ、だらしがない」といわんばかりに、眉間にシワを寄せてティーポットをしこたま磨きあげた。

ところが次に紅茶を淹れると、もう、もとの木阿弥。あの努力は数時間しか保たなかった。唖然としながらも、姉はまた磨きあげたが、次の日にはまたもや茶色の水玉模様。とうとう姉は磨くのをあきらめて、ふつうに洗うようになった。

わーっはっは、ほうらね、そうなるでしょ。
洗っても洗ってもまたシミはつくのだから、賽(さい)の河原のようなもの。グータラ主婦のわたしはふつうに洗って、残ったシミは「いちいちやってられっかい」と居直って、ほったらかし。

だが、いくらなんでも、お客にこれを出すのはちょっとまずい。したがって客が来ると、お湯のわく間に、ここで会ったが百年目と、親の敵(かたき)のごとく、ティーポットと格闘することになる。

先日、新聞の《暮らしのヒント》欄に、楽にシミを取る方法が載っていた。それは、入歯洗浄剤を入れた水に一晩つけておくというもの。

さっそく買ってきて試したが、あくる朝にはすっかりきれいになっていた。うん、なかなかいいアイデアです。


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悪いことはまだある。
この水は非常に不経済なのだ。いや、水道代のことではなくて、水質を改善するために、たくさんの備品を必要とするからだ。

まず、浄水器が必要で、そのフィルターも定期的に交換しなくてはならない。浄水器を通した水でも、しばらくすると電気ケトルのヒーターの部分が真っ白になる。

この、こびりついて固まった石灰をスケールと呼ぶが、スケールを溶かす薬剤がスーパーなどで売られている。それを使って定期的にスケールを溶かして除去しないと、熱伝導が悪いから、それだけ電気を喰うことになる。

さらに、この水はシャワーを詰まらせる。シャワーの小さな穴にスケールがこびりつくから、これも定期的清掃の必要あり。

と、目に見えるところはそうやって清掃できるが、じつは大部分が直接目に触れない部分である──つまり、水道管、給湯管の内側にこびりつくスケールは見えない。そしてボイラーの内部もスケールだらけのはず。これも熱伝導が悪いから、電気代がかさむことになる。

そこで、これらの管内のスケールを除去する装置が、また、ちゃーんと売られているのである。スケール・ウォッチャーという、レンガくらいの大きさの四角い箱。この箱から出た線を給湯管に接続して、電気のスイッチを入れる。

箱の小さな青いランプがついていれば除去装置が働いているということだが、んなもん、いったいどうやってわかるのよォ? 相手は管の中だよ。それが目で確認できるわけじゃなし。それに、除去された管内のスケールはいったいどこへ行くんだ?

二十四時間、年がら年中、青いランプは点きっぱなし。無休で働いてまっせえ、頑張ってまっせえとそのランプは主張するのだが、その証左はどこにもない。

アンタ、ほんまに働いてんのか? 
ランプだけ点けて、裏で一服してんのちゃうか。

かぎりなく不審はあるが、まあ、無理矢理その機械を信じるしかない。とんでもないハッタリに高い散財をしたんじゃないかと、三日に一回は不安がよぎる。

もっとも、お金持の家ではこんなセコい装置は使わない。ちゃーんと硬水を軟水に換える装置を備えていらっしゃる。が、うちは貧乏なので当然そんなものはない。


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さらに困るのは、石鹸が溶けないこと。
ふつうの石鹸でも液状タイプでもあまり泡が立たず、お風呂で体を洗ってもちっともさっぱりとした気分になれない。イギリスに来てかなり長い間、わたしはこの不満をかかえて暮らしていた。

そんなある日、ふらりと入った健康食品の店で、棚にならんだスキンケア製品に目がとまった。そのディスプレイにはDEAD SEAという文字が大きく書かれていた。

デッド・シー? 死んだ海? ――ああ、死海のことか。
見ると、クリームやシャンプーといっしょに石鹸もある。なになに、死海の泥100パーセントでつくった石鹸? 

死海は地球上で最も低い所にあり、その特殊な環境によって海水の活性ミネラル濃度が30パーセントもある(他の海水では3パーセント)。このスキンケア製品は21種類もの死海のミネラルを含有してナンタラカンタラ……という効能書がついている。

うーむ、この石鹸のドブネズミのような汚ならしい色といい、ヘンな臭いといい、なんとなく効きそうじゃないの。なんとなくあのガチガチの硬水に打ち勝って、豊かに泡立ってくれそうな気がする。

さっそく試してみると、これが大当たりだった。ブクブクブク、硬水でもきちんと正しく泡が立つ。のみならず、汚れがじつによく落ちる。以来、わたしはこのドブネズミ色の石鹸が離せない。

イギリスに住むわたしたちは、じつに、こういうトホホ的硬水で暮らしている。この水は髪にも良いはずがない。だから、雨水を溜めておいて、それでシャンプーをするイギリス人もいると聞く。いやはや、大
変だ。

ただし、イギリス全土が硬水というわけではない。その地方の土壌に拠る。イングランド北部のノーサンバーランド州にあるキルダー・ウォーターという湖に行ったとき、その水の色を見て仰天した。

透明な水だが、紅茶の色をしているのだ。
これは土壌のピートが溶出したもので、スコットランドあたりでもこういった茶色の軟水があるという。

そういえばヨークシャーで泊まったとき、ここも土壌はピートだが、ホテルの水道水の色が黄色がかっていたのは、そのせいだろうか。この他に、湖水地方やデヴォン州などにも、軟水の地域がある。

イギリスだけではない。フランスやイタリアで、家を借りて滞在したことがあるが、いずれも石灰を多量に含んだ硬水だった。特にトスカーナやソレント半島の水ときたら、かなりひどい。

なにしろ、テフロン加工の鍋の内側の黒い部分が真っ白になっていて、洗っても取れないのだ。

この水でお茶を淹れると表面に白い粉のような、フケのようなものが浮くので飲めやしない。これだけひどい水になると濾過するにも限界があるので、こういった地方では飲用はもっぱらボトル入りのミネラルウォーターである。

日本に帰ると、朝起きて歯をみがく前に、水道水をちょっと口にふくんだだけで違いがわかる。日本の水はヨーロッパにくらべると、まったりと柔らかく、そこはかとなく甘い。水がとろけるような感じがする。

軟水とはよくいったものだ。水道の水でこうなのだから、こんこんと湧き出る岩清水など、まさしく甘露である。

おとなりの韓国でも、水は買って飲むものだそうな。だから「水商売」といえば、文字通り水を売る商売だという。

日本は本当に良質の水に恵まれた、世界でも稀な国である。聞くところによると、熊本では、地下水が水道に使われているという。ああ、なんという贅沢な……。


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