ハグ (2)

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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ハグ (2)

いつだったか、友人宅を訪問していたときのこと――
その家の四歳の女の子が、階段からころげ落ちた。さいわいに、軽い打ち身程度ですんだが、子供はショックで火のついたように泣きだした。

父親は、飛んで行ってその子を抱きしめ、そのままずっと、子供が落ち着くまでのかなり長い間、頬や額にキスをしたり、背中をなでてやりながら胸に抱いていた。その30代の父親の、静かな、慈しむような表情が、今でも印象に残っている。

イギリスで暮らすようになって二年目に、わたしの母が急逝した。ところがわたしは旅行中で、連絡が取れず、それを知らなかった。

初七日も済んでから、姉からの電話で訃報を聞いたとき、受話器を持つ手がガタガタふるえた。ふるえる自分の手を見て、テレビのドラマでやるのはわざとらしい演技だと思っていたが、そうではないのだと、呆然として真っ白になった頭の中で考えていた。

それから、深い悲しみが怒涛となって、押し寄せてきた。ちょうどそのとき、夫が仕事から帰ってきた。

めったに泣かないわたしの涙を見て、夫は動揺したが、わけを知ると、彼はわたしを居間のソファに坐らせ、傍らに自分も坐った。そして、わたしを抱きしめた。

「さあ、しっかり泣きなさい。今、きみは思う存分泣かなくちゃいけないんだ。こうしててあげるから、思いきり、気のすむまで泣きなさい」

わたしは夫の腕の中で、その肩に頭をもたせて号泣した。あの階段から落ちた四歳児を抱いていた父親のように、夫は長い間、じっとわたしを抱いていた。

西洋人は、心の動揺を抱擁で癒すというヒーリング・テクニックを、育っていく過程で身につけるのだろう。


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慣れというものは、不思議なもの――。
抱きついたりキスしたりするベタベタした挨拶を、うっとおしく思っていたのに、帰国して日本の空港におりたとたん、こりゃいったいどうしたことだ。日本人の肉親同士の挨拶が、ひどくそっけなく思えた。

海外へ出張に行くのであろう夫が、しばしの別れに、見送りに来た妻と子供の体に触れあうこともしないで、口頭だけの挨拶をかわす。そして、にこやかに手をふってゲイトのむこうに消えてゆく。

他人同士でさえ抱きあう挨拶に慣れた目には、この日本人の夫婦の挨拶が、ひどくそっけない、水臭いものに見えた。そして、それを水臭いと感じる自分に、かなり驚いた。

たとえばですよ、こういう情景を思い浮かべていただきたい。
ひとりの男が、故郷にひとり残る年老いた母親のもとに、久しぶりに帰ってくる。

舞台はもちろん北国。BG Mはやっぱり「津軽海峡・冬景色」、これですね(なにしろ日本の新しい歌を知らないもので。すんまへん)。
そして男はやっぱり、そう、高倉の健さん。この方をおいて他にはございません。

男が、雪の舞う駅のホームにおりると、まばらな人影のむこうにポツンと立つ、小さな老婆の姿。男は気づく。まっすぐに歩いて行き、その老婆の前に立つ(ここでBGMの演歌は最大に盛りあがる)。

と、このクライマックスにおいて、健さんが照れくさそうにニマニマ笑って頭をかきながら「やあ、どーもどーも」と日本式にやったんじゃ、ちーっとも、盛りあがりにならんじゃありませんか。

やっぱりここでは、寒さでかじかんだ母の手を取り、ぐっと引き寄せて、抱きしめてやらにゃあ。

人前だろうと、そんなこたァかまわんのです。降りしきる雪の中、待っていたおっ母さんを抱いてやれよ、抱いて。誰に遠慮がいるもんですか。

そして、優しく肩の雪を払ってやるのです。
ね? 西洋式の挨拶もなかなか、悪かァないでしょう?

わたしがイギリスで暮らして、10年を超え、日本にいる父は90歳になろうとしている。日本には毎年里帰りしているが、そのたびに、あと何回父に会えるだろうかと、思う。

だから、日本にいる間は、わたしはべったりと父のそばにいる。たとえ、父が居眠りをしていても、一緒のこたつに入って、おなじ空気を共有するのが、なんだかうれしい。

父も姉も、イギリスのわが家に滞在したことがあるので、ハグの習慣は知っている。いつのまにやら、わたしたち家族は、わたしが帰国したときと、イギリスに帰るときは、人前でも、ハグして挨拶をするようになった。

「また来年帰るから、お父さん、元気でいてね」
そう言ってハグすると、父は照れくさいのだろうが、されるがままになっている。

父の背に腕を回すと、年老いて小さくなった父を体感する。
子供のころは、あんなに大きく見えたのに――。


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