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イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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イギリス生活よもやま話【ブログ】

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海外在住ユーザー

外国で暮らすと、漢字変換のような思わぬ大発見をするが、また、日本では絶対に経験しない珍事に遭遇することもある。
これもまた、まだわたしがパソコンを持っていなくて、ワープロを使っていたころのレトロなお話ですが、まあ、聞いてくださいませ。

たとえば、あなた、自分でワープロを分解するなんてこと、考えたこともないでしょう? わたしだってそんな大それたこと、考えたこともない。ところが、なんと、機械オンチのわたしが、これをメーカーの指示
でやっちゃったのである。

七年使った古いワープロ――あのマテウス教授を打ちのめした、栄光の日本語ワープロ――がイカレてきた。充電すれば消えるはずの充電マークが、いくら充電しても、ピコピコと点滅を続けて消えない。

そして、プリンタも正常に機能しなくなって、わたしはパニックになった。そのころ、新聞に小さなコラムを連載していたので、とにかく書かねばならず、わたしはワープロがないと文章が書けない性質(たち)なのだ。

日本にいれば修理に出せばすむことだが、イギリスの修理屋に日本のワープロを持込むなどという暴挙は、考えただけでも恐ろしい。

日本語ワープロは、漢字変換をはじめとする特殊な機能がいっぱい詰まっているハイテクノロジーで、タイプライターに毛のはえたような西洋のワープロとは、わけが違う。

しかも、漢字変換機能は西洋人にとっては不可侵領域、アンタッチャブルなんである。だからこんなデリケートな精密機械を、何でもアバウトで大雑把な西洋人に託すわけにはいかんのだ。

というより、これまでの度重なる苦い経験で、わたしはイギリスの修理屋というものを、あまり信頼していないのである。

そこで、日本のメーカーに問い合わせた。すると、本社の保守技術支援課のYさんという人から、ファックスで、「不具合の発生により、ご迷惑をおかけして誠に申し訳ありません」という丁寧なお詫びとともに、指示が届いた。

〈必要部品(内臓電池)を送付いたしますので、恐れ入りますが現地での交換作業をよろしくお願い致します〉
とある。

ええーっ、ちょ、ちょっと待ってよぉ。
これって、部品を送るから自分でやれってこと?

交換ったって、そりゃ懐中電灯の電池交換なら、あ、さよか、ほなら……と、すぐにもやるが、ものはワープロである。内臓電池は、内臓だから、ワープロ本体の中にある(あったりまえだ)。つまり、ドライ
バーで裏のネジをはずして、本体を開けなくちゃならんということだ。

それは、取扱説明書では「絶対に自分で開けないでください」と書いてある、禁断の聖域である。しかもこの「絶対に」という副詞は、サイドブレーキを一ダースぐらい束にしたほどの、抑制効果がある。

これを開けると、もう、開けただけでとんでもないことになる、そんなニュアンスがあるじゃないですか。

なのに、なのに、Yさんは「しゃーない。かまへん、いてまえ」とおっしゃっているのだ。海外在住のユーザーということでやむをえず、の特別措置らしい。

そんなぁ……と途方に暮れたが、このとき、わたしにはうじうじと悩んでいるヒマなどなかった。じつは、このメーカーはイギリスに代理店を持っていて、そこに持って行けば電池交換をしてくれるのだが、なにしろわが家から遠いのだ。

しかし、電池を交換するだけのこと、そう難しくはないだろう。だからメーカーさんも「いてまえ」とGOサインを出したのだ。だが、わたしが恐れたのはその過程での事故である。

いくら機械オンチのわたしでも、何かの拍子に複雑かつデリケートな機械の端子を、ひとつでも傷つけたりしたら、それでもうアウトだろうなあ、ぐらいは察しがつく。

万が一そういうことが起きても、日本なら最悪の場合、新しいのに買い換えるという手があるが、ここではそうはいかない。


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数日後、長さ約三十センチ、直径二センチほどの鉄棒が一本届いた。ずしりと重い。形といい重さといい、これを二つ鎖でつなぐと、ブルース・リーが持っていたヌンチャクになる。

こういうものを手にすると、「アチョーッ」と叫んで、夫の石頭をパッカーンと殴ってみたくなるが、いやいや、そういうことをしている場合じゃない。そう、この死亡遊戯的ヌンチャク的鉄棒が、内臓電池である。

ところが、部品は届いたものの、どうやって交換するか、その説明はいっさいない。箱の中にも、箱をひっくり返しても、どこにもない。

Yさーん、そりゃないっスよぉ。こっちはド素人なんだからさぁ。
ワープロの中なんか、開けたことないっつーのっ。

でもこの部品は工場から直送されたものだし、本社のオフィスにいるYさんに聞いたところで、交換の仕方なんぞはわからんだろうなあ。修理の現場にいる人ではないのだから。

さて、ドライバーを取り出したものの、初めての体験なのでびびってしまう。ま、何事であれ、初体験というものはびびるものだが(でも近頃の女の子はびびらないらしい。むしろ自分から求めていくらしい)。

誰かやってくれる人、いないかなあ。
わたしは、テレビの前でサッカーに夢中の夫をちらりと見た。

夫というものは、ビンの蓋が開かないときとか、高い棚の上のものを取ってもらうときだけではなく、こういうときのためにこそ、キープしとくもんじゃないのかい? 

ところがうちの亭主ときたら、機械オンチ以前の問題で、科学的センスが絶望的に欠落していて、手先はわたしの百二十倍ぐらい不器用なのだ。

よその旦那さまならきっと、「どれどれかしてごらん」と妻を助けてくれるだろうに、うちの亭主はとんだ役立たずである。

「あんたに頼んでも、どうせ無理だよね」
「ワープロ? だめだめ、ぼく、そういうのだめなんだ」
「んもうー、なさけない。それでも男なの?」
「イギリスじゃあね、ぼくの子供のころは、勉強のできる子は文科系って決まってたんだ。科学はできない子がやるものだったから、ノータッチ」
「んもうー」
「牛か、きみは」

役立たず亭主はあきらめるとして、わたしのまわりを見回しても、頼れそうな人はひとりもいない。いや、夫の友人とか、いることはいるのだが、こういう日本独自の機能を持つ精密機械を、イギリス人にお任せする気には、どうもなれないのだ。

よおし、こうなったらいよいよ自分で「いてまう」しかない。
わたしは覚悟を決めた。

ワープロをひっくり返し、恐る恐るドライバーで七本のネジを抜く。そして、そっと外側のケースをはずした。中はまるで、大都会のミニチュア模型だ。

高層ビルやガスタンクのようなものが林立し、駐車場に車がずらりと並んでいる――ように見える。へえー、これが半導体集積回路とかいうものかあ……、などと、しばし感動したのち、電池交換にかかった。

この電池は、ただプラスとマイナスの方向を見て差し込めばいい、などという単純なものではない(懐中電灯じゃないんだからサ)。電池の先から赤と黒の合計四本の線が出ていて、それをまとめてある端子を、集積回路に接続せにゃならん。

内臓されている電池がどう接続してあるかをまず見て、ドキドキしながらそれをそーっとはずし、そこに新しい電池をそーっと埋め込んで、電池の先から出ている端子を、そーっと集積回路に接続した。

そして元どおりに蓋をして、ワープロが正常に機能するのを確認したときには、きりきりと尖っていた緊張が一挙に解けた。
ふーっ、やれやれ(わたしって天才ちゃうか?)。


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それから一週間たって。
こんどは、プリンタがイカレた。またまたファックスでYさんにご相談すると、再び丁寧なお詫びの言葉とともに、「部品(プリンタユニット)を送るので交換しろ。かまへん、いてまえ」というお返事。

ま、電池交換ができたんだから、天才のわたしにゃ、プリンタの交換なんか、どってこたァない、ちょろいもんサ。と高をくくっていたが、届いた部品を見て、ぎょっ!

電池のときは端子が一個だったのに、今度は五つもある。プリンタの五ヶ所から線が出ていて、そのうちの三つは、複雑にからまった五色の極細の線。

そしてあとの二つは、得体の知れぬピラピラした茶色の帯状のもの。もちろん、今回も説明書なんかない。いくら探しても、ないったらない。

しかしまあ、線だろうとピラピラだろうと、要は、今ついているプリンタユニットをよーく見て、その通りに接続すればいいのだ。

端子の接続は、凹を凸に差し込めばよいのだけれど、凸の分部は針のように細い六本の突起なので、グッと差し込んでポキッと折れやしないかとヒヤヒヤである。

しかも根元まで深くきっちり差し込まないとだめだし、そうするにはかなり力を入れなければならない。ヒヤヒヤしながらグッ、ヒヤヒヤ、グッ、の動作を何度もくりかえして、なんとか線は接続した。

こんどはあのピラピラの帯。こりゃいったい、どうすりゃいいんだ?
帯の先っちょを、五センチほどの幅の受け口のスリットに差し込むのだが、これまでの端子とは形が違い、すんなり入ってはくれないのだ。

ああやっても、こうやっても入らない。いったいどうしたらいいのだ。
頭が禿げるほど考えた。

そして――、ついに、ふっふっふ、接続分部をまずスライドさせて、それから差し込むという、必殺隠れワザを発見したのだ(やっぱりわたしって天才やわぁ)。

それから後は簡単だった。鼻歌なんぞ歌いながら、ついでに掃除までして、余裕である。
もう、ワープロの修理なら、わたしにお任せください。

ところが終って蓋をしたら、ゲッ、ネジが一本余っている! 
うわーん、これはどこのネジなんだァ? 

再び七本のネジをはずして蓋を開け、ここでもない、そこでもないと探したあげく、ようやくネジの抜けている穴をみつけて、ふーっ、やれやれ。


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それから四年が経った。
また電池を交換した。その次の年にいよいよガタがきて、印刷ができなくなった。そうこうしているうちに、漢字変換もおかしな具合になったので、寿命かなと思ったが、Yさんに相談することにした。

Yさんから、修理するよりは買い換えた方がいいというアドバイスがあれば、そうするつもりだった。

あれから五年たっているので、Yさんはもうその部署にいないかもしれない。でも、親切な日本のメーカーのことだから、きっと代わりの人がフォローしてくれるだろう。

そう思ってファックスを送ったが、待てど暮らせど返事がない。わたしのファックスは黙殺されたようである。

これは違うメーカーだが、やはり日本の有名メーカーに電子辞書の故障で問い合わせたときも、わたしのファックスが無視されたことがある。

また、メーカーによっては「わが社の製品は日本国内仕様になっておりますので」と牽制するところもある。海外での故障にまで責任は持てないということで、メーカーにとっては海外在住ユーザーは厄介者なのかもしれない。

しかしYさんは、そういう言訳をいっさいしなかった。それよりも、どうしたらイギリスにいるわたしが早くワープロを使えるようになるか、それだけを考えてくださったのだ。

そしてルール違反を承知の上で、きわめて現実的、かつ迅速な処置を講じてくださった。その対処に、わたしはどれほど感謝したかわからない。

二度目の電池交換のときには、わたしは代金を払って電池を購入したが、それ以前に交換した部品は、二万円以上かかった。だが、代金は請求されなかった。なぜ無料なのかと訊ねると――、

「わが社が、そちらにきちんとしたサービス体制を持っていないのが申し訳ない。こちらですべきことながら、お客様にしていただいた修理に対して責任が持てないので、代金を請求するわけにはいかない」
とのことだった。

わたしのファックスが黙殺されたところを見ると、もうあの会社にYさんのような人はいないのだろう。

いよいよ、十三年使ったワープロに別れを告げるときが来たようだ。新しく買うならパソコンだ。こうしてわが家にも、ようやくIT革命到来、インターネット文明の夜明けを迎えたのである。


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