尽くす妻

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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尽くす妻


イギリス人であるわたしの夫は、二十年ばかり、外国人に英語を教える仕事をしていた。退職した後もしばらくは、依頼があるとアルバイトで教えていた。

あるとき、ドイツ人の大学教授の個人レッスンを、受け持った。マテウスという名の、頭の禿げた恰幅のよい先生は、電子工学の専門家である。論文を書くために、英語のブラッシュ・アップが必要とかで、奥さんを同伴してイギリスに来た。そして、三週間の集中コースを取っていた。

わたしは、夫の仕事に口出ししたことはないが、このときばかりは心配した。なにしろうちの亭主ときたら、絶望的な機械オンチで、科学的センスがゼロ。

わが家にも一応古いパソコンがあるけれど、夫はそれをタイプライター代わりに使うだけで、あとはトランプとゴルフゲームで、遊んでいる。ネットサーフィンなどというコンセプトは、彼の石頭には貫通しないのである。パソコンはあるがインターネットはできないなど、恥ずかしくて人にも言えやしない。

「相手は電子工学の先生なんでしょ。あんた、大丈夫なの?」
「何が?」
「何がって、あんたみたいな科学オンチがあの先生に教えるなんて。論文書くのなら、専門用語とかいっぱい出てくるんでしょ」

「うん、ほとんど専門用語だね」
「専門用語だねって、そういうの、意味とかわかって教えてんの?」

「冗談じゃない、ぼくにわかるわけないじゃないか。でも、ふっふっふ、こっちにゃ、ちゃーんと虎の巻があるからね。いかにもわかってるふりをして教えるのさ。ま、要は演技力の問題だね」
といって夫は胸を張る。あきれた教師もいるもんだ。

とはいうものの、コース開始前に、夫はこの分野が自分の守備範囲でないことを、正直に打ち明けたそうだ。

しかし、教授が求めているのは英語の使い方、文章の構成法などだから、夫の科学オンチも、何ら支障はなかったというわけ。やれやれ。

コースが終了した日に教授は、お世話になったお礼にと、わたしたちをレストランに招待してくれた。そして彼らが帰国する前日、こんどは、わたしたちがマテウス夫妻をわが家に招いて、お別れの食事会となった。

教授の奥さんは韓国人で、ドイツで鍼師をやっている。化粧気もなく気さくで、とても感じのよい女性である。

ところが食事がはじまるや否や、わたしと夫の目は、彼女の所作に釘づけになった。

まず、ナプキンを広げて教授のひざにかけてやる。教授がスープを一適こぼしたら、サッと自分のナプキンで拭きとる。

テーブルの料理を彼の皿に取ってやるわ、ソースをかけてやるわ、魚の骨は取ってやるわ、口に何かついたらササッとナプキンで拭いてやるわ、それはそれはかいがいしく、世話を焼く。

自分も食べながら、教授の面倒もみるので、いや忙しいのなんのって。わたしと夫はポカーンと口をあけたまま、呆然として夫人の活躍ぶりをながめていた。

ふーむ、これが韓国人の妻というものか……。でも、この尽くし方って、一般的に韓国人の妻が皆そうなの? それとも教授夫人が特別なのだろうか……。


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――あれは、まだ日本がバブル経済に浮かれていた頃。
日本の空港で、売春ツアーらしき怪しげな団体客を、よく見かけた。日本の男たちがこぞって韓国へ行くのは、当地の女性が「殿様のような気分」にさせてくれるからだ、と聞いたことがある。

その意味が、あの教授夫人の振る舞いを見て、やっとわかった。
なるほど、なるほど。

すべてにわたって、かいがいしく世話をやいてもらう。これが、殿様のような気分ということか。

こういう形での夫への献身が、韓国では伝統としてあるのかどうか、不明にしてわたしは知らないが、この教授夫人が自信たっぷりに、誇らしげに世話をやいているのを見ると、韓国ではそうなのかもしれない。そしてそれが美徳であり、彼女は韓国人としての良妻の鑑なのだろう。

しかしねえ……。
これはヨーロッパでは、いや、日本でも、きわめて異様な行為である。

わたしには、大の男の教授が、まるでよだれをたらした赤ん坊のように、自分では何ひとつできない無能な存在に見えてしまった。

断っておくが、教授は、ヨイヨイのじいさんなんかじゃない。立派な壮年である。わたしは思わず教授の顔をながめたが、そこには羞恥の表情はかけらもなく、まんざらでもない風で、夫人にされるがままになっていた。

わたしは、夫のことなどおかまいなく、自分の皿に専念しながら、あの売春ツアーのおっさんたちを思い浮かべた。西洋や日本では望むべくもない、こういった献身を、韓国の女性たちに見出して、喜悦満面の男たちの姿が、容易に想像できる。

しかし、このサービスは、ヨーロッパ人にはどう映るのだろう。教授夫妻が帰るやいなや、わたしは夫に感想を聞いてみた。すると彼は、うれしそうにニヤニヤするじゃないか。自分がそうやって、世話をしてもらう場面を想像しているのだろう。

「うーん、いいねえ。まったく、悪くないねえ」
「じゃあ、わたしがああいうことしたら、うれしい?」
「イエスッ」
「子供じゃあるまいし。赤ん坊に見えてもいいの?」
「イエスッ」

まーったく、もう。
男というものは、いくつになっても、幼児のように面倒をみてほしいものなんですかねえ。ふん、おあいにくさま。あたしゃディナーの席で、断じてああいうことはいたしませんからねッ。

この後、数年たって、友達になった韓国人夫妻に、教授夫人の話をして、それが韓国の習慣かどうか、聞いてみた。

すると彼らは、ケラケラ笑って、肯定もしないが否定もしない。笑うところを見れば、多少はそういう習慣があるのではないだろうか。

もっとも、この二人はどちらもヨーロッパ暮らしが長いから、生粋の韓国人とは違う感性を持っているのだろうが。


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