衛生観念

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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衛生観念

【驚異の食器洗浄法】

日本人と西洋人の衛生観念――
この大いなる落差に、最初に気づいたのは、わたしがはじめて乗った国際線の飛行機だった。これが1987年だったから、もう、ずいぶんと昔のことである。成田を発って、香港でロンドン行きのブリティッシュ・カレドニアン機に乗り換えた。

カレドニアという言葉が、スコットランドをさす古代ローマ名だということは、すいぶん後になって知ったのだが、そういえば、スチュワーデスの制服は、よくあるタイトスカートのスーツではなくて、スコットランドの民族衣装である、タータンチェックのプリーツスカートだった。

この航空会社は、英国航空に合併吸収されてしまったので、残念ながら、今ではもう、彼女らのキルト姿を見ることはできない。小粋なベレー帽のあの制服は、ユニークでとても素敵だったのになあ……。

さて、このカレドニアン機の中で、外人客の多くが、靴を脱いですわっていた。それはいい。これから一晩かけての長旅なのだから、靴だろうとモモヒキだろうとブラだろうとパンツだろうと、どんどん脱いじゃっ
て、可能なかぎりリラックスするのは、あとの時差ボケを防ぐためにも、よいことだ。

わたしも靴を脱いで、機内に持ち込んだバッグの上に、足を乗せた。わたしの席は通路側だったのでよく見えたのだが、いやあ、驚きましたね。

西洋人はいったん靴を脱いだら、ソックスやストッキングのまま、通路をペタペタ歩いて、トイレに行くのだ。

その後イギリスで暮らして、イギリス人にはどこで靴を脱いでどこで靴をはくという区別ができない、というより、そういうコンセプトそのものがないのだ、ということがわかった。

ご存知のように、西洋では家の中でも、靴をはいている。外でも内でも土足だから、場所によって靴を脱ぐという概念がない。

もちろん、イギリス人でも、家の中ではスリッパをはく人もいる。これは衛生的配慮よりも、楽だから、あるいは、靴だとカーペットが傷むから、という理由である。

だから、彼らはスリッパのまま、または靴下のままで庭に出る。わたしの夫もそうする。庭に出るときはサンダルにはきかえて、と何度いっても無駄である。

日本語に「足袋跣足(たびはだし)」という言葉があるが、まさにそれ。そして、たまにサンダルにはきかえたと思ったら、こんどはサンダルのまま、二階の寝室に上がってくる。

「ちょっとォ、まーたそういうことをする。ちゃんとスリッパにはきかえてよッ」
「なーんでいちいち替えにゃならんのだ」
と、ここからいつもの口論が始まる。

わたしの住んでいる地域でも、日本人の奥さんのいるイギリス人家庭では、たいてい玄関で靴をぬぐ。わが家も、家の中では一応スリッパである。

一応というのは、夫はスリッパをはくが、わたしはスリッパが好きではないので、ほとんどいつも裸足で、ペタペタとカーペットの上を歩きまわっている。

日本人の友達が来れば、何もいわなくても玄関で靴を脱いでくれる。ところがイギリス人の客に、靴を脱げとはいいにくい。いや、いえないのだ。靴を脱がないのが、イギリスの習慣なのだから。

すると、同じカーペットの上を、裸足でペタペタ、スリッパでパタパタ、靴でスタスタすることになる。

さらに、イギリスではガスや電気のメーターは家の中にある(たいていは階段の下の物置の中)。雨の日に検針のおっちゃんが来ると、家の中を濡れた靴でベタベタ。

かくしてカーペットの上はペタペタ、パタパタ、ベタベタ。そこへまた、夫がスリッパのまま庭に出て戻ってくる。

こうなりゃもう、やってられまへん。
ええーい、みんな勝手にしろーッ! 衛生観念なんぞクソくらえーッ、と、なってしまう。

ただ、意外だったことがひとつある。それは、土足で家の中へ入っても、思ったほとカーペットが汚れないことだ。わたしは、イギリスではずいぶんと床の掃除をしなければならないだろうと思っていたが、そんなことはない。

わが家には子供がいないので、グータラ主婦のわたしは週に一度掃除機をかけるだけ。濡れ靴で入ってきても、玄関のマットでゴシゴシとぬぐえば、ドロドロになることはまずない。

そして、カーペットは濡れてもすぐに乾く。これは、日本と違って、空気が乾燥しているからだろう。


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外を歩いた靴。うっかりと犬のフンを踏んだかもしれない靴。
それで家の中に入って平気なのは、なぜだろう。

そして、土足で歩く床の上で赤ん坊が這い這いしても、一向に平気なのはなぜだろう。もしかしたら、彼らは泥を、汚いとは思わないんじゃないかしらん。

奈良に住むわたしの知人が、アメリカ人の女子高校生を、ホームステイとして受け入れた。彼女は、その子が通学カバンの中に教科書や弁当といっしょに、泥のついた運動靴をそのまま入れてしまうのに驚いていた。

わたしの夫も、これをやる。スーツケースに荷物を詰めるとき、衣類の上にじかに靴を置いて、平気である。わたしは日本人だから、靴はポリ袋に入れてから詰める。

あるとき、夫が泥んこのジョギングシューズを、台所の流しで洗おうとするので、わたしは飛んで行ってとめた。

「ちょっとォ、やめてよそんなこと。冗談じゃないよ」
「Why not?(どうしていけないの?)」
夫は悪びれもせず、キョトンとしている。

「汚いじゃないの」
「何が」
「泥が。ここは食べ物やお皿を洗うところなのッ」
「どうして泥が汚いの? だって泥のついたジャガイモを、流しで洗うじゃないか。それとおなじことだよ。シューズの泥とジャガイモの泥と、どう違うんだい?」
むむむ、屁理屈をいう奴め。

――しかし、いわれてみればそうなんだ。
新ジャガの季節になると、八百屋でもスーパーでも、泥のついたままのジャガイモを売っている。あの泥を洗うのは、台所の流しである。しかし、わたしは靴の泥は、風呂場か屋外で洗う。

そう、考えてみりゃそうなんだ。両者の泥がいったいどう違うというのだ。うーむむむ……。
いや、しかし、だからといって、わたしゃ、靴を台所の流しで洗う気には、断じてなれんぞっ。

次に驚いたのは、イギリス人がトイレのあとで手を洗わないこと。日本では、男性はどうか知らないが、女性用トイレでは十人が十人とも手を洗う。ところがイギリスでは、半分くらいの人が手を洗わないように思う。

いや、そんなことはない、空港やロンドンのトイレではみんな手を洗ってるぞ、とおっしゃるかもしれない。だが、空港や大観光都市のロンドンでは、外国人が多いことをお忘れなく。

わたしが言っているのは、地方の町のトイレのこと。先日も、カンタベリーの劇場にお芝居を観に行ったとき、劇場のトイレで素敵なスーツを召した中年女性が、手を洗わずに出て行くのを目撃した。

しかしこれは、イギリス人だけではなさそうだ。イーデス・ハンソンさんのエッセイを読んでいたら、こんなくだりがあった。

ハンソンさんの親戚のアメリカの女の子が、日本の中学に通うことになった。そこでハンソンさんは、にわか母ちゃんになって、

「ハンカチ持った? ちり紙持った? トイレのあとは必ず手を洗いなさいよ。でないと野蛮人と思われるからね」

と毎朝声をかけて、送り出すのである。ということはつまり、アメリカ人も洗わないというこっちゃ。ホンマ、西洋人ってあんがいと野蛮なもんでっせ。


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そして、もっと驚いたことがある。
それは、食器を洗ったあとの洗剤を流さないこと。ホームステイで、その家の奥さんが皿洗いをするのを見て、わたしは仰天した。

まず彼女はゴム手袋をして、洗い桶にお湯を張り、そこへにゅにゅっと液体洗剤をけっこう多量に流し込み、油ものだろうと何だろうと、食器をいっしょくたに入れて、スポンジかブラシで洗った。

わたしは油ものは別にして洗うが、まあ、そこまではいいとしよう。問題はこのあと。

彼女は、ゆすぐということをしないのだ。洗剤も油も食べかすもいっしょくたの液で洗った、泡だらけの皿を、そのまま、水切りカゴに置いていく。

カゴに立てた皿から、泡がだらーっと流れ落ちるのを見て、わたしは、人種の違いをひしひしと感じた。

洗ったあとは自然乾燥させるか、ふきんで拭く。そのまま放置した皿は、翌朝見ると、表面がなにやらネトネトして、乾燥した泡がミイラになってこびりついていた。

イギリスでは、誰もがこういう洗い方をする。親がそうするから、子供もそうする。ドイツで暮らした人の話によると、ドイツでもそうだという。ということは、おそらく他のヨーロッパ諸国でも同様だろう。

なぜゆすがないのかと聞くと、〈湯がもったいない〉〈昔から誰もがそうしているし、それが原因で死んだ者はいない〉という返事が返ってくる。

あのねえ、そういう問題じゃないでしょうが、ったくもう……。
とにかく、食器の洗剤をゆすがずに平気でいられる神経が、わたしにはまったく理解できない。

あるイギリス人にそういうと、彼はこう反撃した。
「そういうけどね、レストランや喫茶店でもそうやって洗ってるんだよ。だからおまえさんだって、その食器で平気で食べてるんじゃないか」

もちろん、食べてるよ。どうしようもないからサ。でも、わたしが言ってるのは、そういう問題じゃないんだけどねえ……。

大きなレストランでは、食器洗い機があるだろうが、小さな喫茶店などでは、手で洗っている。またその洗い方が雑なので、汚れが落ちていないナイフやフォーク、カップが出てくることも珍しくはない。

だから、これからイギリスに旅行しようという方に警告しておくが、あまり潔癖だと、たちまち血圧が上がりますぞ。

カフェテリアで口紅のついたカップが出てきても、ウェイトレスを呼びつけて、めくじら立ててなじるなんてことは、くれぐれもなさいませぬように。

まあ、口紅の場合はカップを替えてもらえばいいが、あくまでも穏やかにネ。よくあることなんですから。

また、スプーンにほんのちょびっと何かがこびりついていることも、よくある。こういう場合も、あわてず騒がず。

紙ナプキンでキュッキュとぬぐって、何ごともなかったように食事をするのが、英国風の「粋」というものでございます。

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