入浴法 (1)

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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入浴法 (1)

【イギリス式入浴法 (1)】

和辻哲郎の『古寺巡礼』に、「西洋の風呂は事務的で日本の風呂は享楽的だ」というくだりがある。

これを読んだとき、あれっ、そうかなあと思った。だって、ハリウッド映画や雑誌で見る洋式風呂は、金髪美女が、泡だらけの浴槽で、悩ましげなポーズでウッフーンなんてやっている。

西洋の風呂だって、なァにが事務的なもんか、なかなかに享楽的じゃないの。と、わたしは思っていた――西洋風呂の何たるかを知るまでは。

先日、ちょうどバスフォームを切らしたときに、クリスチャン・ディオールのバス用品のセットを人からいただいた。その中に、わたしの好きなディオリシモのバスフォームがあったので、うほほーい、これでわたしもあの《ウッフーン金髪美女》ができるぞと喜んだ。

いつも使っている、ワーキングクラス御用達スーパーのテスコ印のバスフォームでは、ウッフーンするには、雰囲気的にちょいときびしいものがあるからだ。

浴槽に湯を張るとき、ドボドボと湯が落下する地点に、バスフォームをたらーりと流し込むと、あーら不思議、ぶくぶくぶくぶくと、際限なく細かい泡が立ち、ディオリシモのかぐわしい香りがたちこめる。

自分で買ったものなら、もっとケチくさい使い方をするくせに、ただで手に入れたものだから気前よく、贅沢に、どんどん泡立ててよいのだ。

そうして、浴槽に体を長らえて、この馥郁(ふくいく)たる香りたちこめる湯につかると、うーん、もうわたしシアワセ、どうなってもいいわ、ああ、好きにしてちょうだい……。

これはこれで、日本の鄙びた山峡の温泉につかるのとおなじくらい、シアワセなことであった。

で、シアワセに浸りきったあとの、事務的な部分はどうするかというと、浴槽のなかでタオルかスポンジで体を洗い、そのあとシャワーで洗い流す。

映画で見た金髪美女は、泡だらけのまま浴槽から出て、バスタオルで拭いておしまいだった。ま、あの泡は石鹸ではなくて入浴剤だから、それでよいのだろうけど。


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さて、問題は、イギリスの風呂。
わたしがはじめてイギリスに来たとき、最初はホームステイしていたが、そのあと、アランという独身おじさんの下宿に引越した。

前の家のモダンでコンパクトな浴槽とちがって、アランちのは、四本の足に支えられた、白い琺瑯(ほうろう)の旧式の大きなバスタブだ。

その、ゴンドラのごとき滑らかな曲線といい、獅子のごとき足といい、いかにも典雅でロマンチックである。湯水のカランも、古風なヴィクトリア調で、なかなかよろしい。

まず湯と水を同時に出して、少しぬるめの湯を溜めて、そこに入って体を温めながら、こんどは水を止めて、熱い湯だけを出して温度を上げていく。最初から我慢して熱い湯に入るよりは、この方が心地よいので、いつもそうしていた。

バスタブに横たわって、うーん、いい気持。足もとからじわじわと心地よい熱気が……。熱気が……。
ん? なんとなく温度の上昇が感じられないぞ。

いやーな予感がして蛇口の下に手を伸ばすと、なんと、いつのまにか湯のカランから水がほとばしり出ているではないか。

ええーっ、そんなぁ……。
湯の蛇口からは湯だけが出てくるものと、信じきっていただけに、ショックだった。

あわてて水を止めたが、すでに浴槽の湯は、相当ぬるくなっている。
うそうそ、そんなんありぃ? 
んもう、クライマックスはこれからという大事なときにっ。

これからゆっくり温まってシアワセしようという、わたしの立場はいったいどうしてくれるっ。

腰から下だけをぬるい湯につかりながら、まったく予期しなかった展開に、しばらく呆然としていた。が、やっぱり湯の蛇口からは湯が出るという、常識的観念が捨てきれない。

いや、さっきのは何かのまちがいで、こんどはちゃんと湯が出るわサ。いじましくも、もう一度トライすることにした。湯のカランをひねると、やはり水が出てくる。

でも最初は水で、だんだん熱くなるかもしれないから、少し待ってみよう。と、さらに寛大な解釈をしているうちに、浴槽の湯はどんどん冷めていく。そうでなくても、浅くて表面積の広い洋式風呂は、湯がすぐに冷める。

もう一度カランの下に手をやると、それは冷酷にも敢然と、
《これをもちまして本日の給湯業務はすべて終了いたしました》
と告げており、蛍の光のミュージックが流れ、完璧な終了モードになっていた。

うわあ、こりゃたまらんと、あわてて浴槽から出た。
なにしろ一月の寒い晩である。電気ストーブをつけたが、それは天井近くの壁にとりつけてあるので、あまり熱はとどかない。

おそらく、水がかかったときの危険を考慮して、高い位置に設置してあるのだろうが、暖かい空気は上昇するから、これじゃ天井を暖めるだけじゃないか。

まったく、イギリス人て何考えてるんだ。それにしても、入浴は冬の夜の愉しみなのに、それを中断するくらい、情けなくてトホホなことはない。


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次の日。
きのうの失敗を繰り返してはならじと、慎重にことを運んだ。

わたしの頭のなかには、すでに、「湯の蛇口から、かならずしも湯が出るとは限らない。油断するな」という情報が、インプットされている。

最初から熱い湯を張った。ときどき、ちゃんと正しく湯が出ているかどうかを、確認しながら。よーしよし、きょうはいいぞ。その調子、その調子。しばらく様子をみたあと、これなら大丈夫と、裸になった。

――ぎょぎょっ、また水が出ているっ。
その水の冷たさは、まさしく《本日の給湯業務はすべて終了いたしました》のそれである。あわてて水を止めたが、浴槽にはまだ、底から二十センチしか溜まってない。

わたしは、西洋風呂というものは、すわって足を伸ばし、斜めになった部分に背をもたせた恰好で、湯が肩のあたりまでくるものと思っていた。だって《ウッフーン金髪美女》は皆そうだったもの。

しかし、それをするには、少なくとも底から三、四十センチは溜めなくてはならない。たった二十センチでは、肩までつかろうというわたしの立場が……。

いや、それでもあたしゃ、この立場を、あくまでも遵守したい。では、この水量で肩までつかるには、どうするか。それはもう、ずずずぃーっと体を伸ばして仰臥するしかない。そして、首を直角に曲げて、頭をバスタブにもたせかける。

こうすると、肩までつかりたいという立場は一応固守できるが、一方、わたしの美しく豊満な胸は(ウソつけという声がどこからか聞えてくるが、ええい、黙れ黙れ)、依然として水面の上にある。

それに、この恰好では、棺桶に横たわるリハーサルをしているようで、とてもじゃないが、湯を愉(たの)しむ気分にはなれない。

日本人にとって風呂は、ただ体を洗う場所なんかじゃない。一日の疲れを癒す、パラダイスじゃないか。それなのに、こんなのは、まるで棺桶に入れたぬるま湯。湯灌じゃないんだからさぁ、縁起でもない。

ちぇっ。
またもや欲求不満を残しての入浴となった。
それにしても、こんな湯で、いったいイギリス人はどうやってお風呂に入っているんだろう。


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