イギリスのバレンタインデー

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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イギリスのバレンタインデー

【おとなの愛の日】 
  
今年もまた、バレンタインの季節がやって来た。日本では例のごとく、菓子屋の店先にハート形のチョコレートが山と積まれ、女の子たちが、憑かれたように買いあさるという、異様な光景が出現したことでありましょう。

そして二月になると、ドッと増えるというチョコレート万引き事件。やれやれ、世界広しといえども、こんなこと日本だけだよ、ホントに。
  
わたしは、チョコレートを売らんがための、菓子屋の扇動が、社会現象にまで成りあがるのを、見てきた世代である。わたしが中学生だったころ、バレンタインなんてものは存在しなかったし、高校生になっても、まだ定着には至っていなかった。
  
日本のバレンタインは、製菓会社の宣伝、デパートでのキャンペーンセールという、〈愛〉なんぞとは、まったくかけ離れたところから発生している。

「女性がチョコレートを贈って、男性に愛を告白する日」という大義名分も、製菓会社の宣伝会議で、オッサンたちが額を寄せ合って、ひねり出したものじゃないか。だって西洋には、そんな習慣、ないんだもの。
  
そういうわけで、わたしにとって、日本のバレンタインは「あー、アホらし」の一言につきる。
  
もっとも、わたしがそれをアホらしく思うのは、女の子たちが菓子屋の宣伝に踊らされ、みごとに洗脳されていく過程を、見てきたからである。もしも、生まれたときにすでに、バレンタインの習慣があったのなら、世の中そういうものだと、受け入れただろう。
  
日本でバレンタインがほぼ定着したといわれる昭和五十年、わたしは二十四歳だった。当時のボーイフレンド(これが最初の亭主)が欲しがるかと思い、ためしにチョコレートを贈ってみた。
  
すると彼は、わたしにチョコを返して、こういったのである。
「オレ、甘いもんいらんねん。酒のほうがええわ。あんた、これ食べよし」

爾来二十五年あまり、職場での義理チョコ以外、一度もチョコレートを男に贈ったことがないというのが、わたしの自慢(そんなこと、自慢になるンかい?)である。
  
そう、義理チョコといえば、結婚して大阪の会社に勤めていたころ、女子社員各自に割り当てがあって、上司や男性社員に配る義理チョコを買わされた。そして、渡されたカードにメッセージを書いて贈るよう、総務の女の子に指示された。
  
ちょっと、ちょっとォ。冗談じゃないよォ。わたしのようないい歳をしたオトナの女が、なんでクマさんのカードにメッセージを書いて、これも明らかに、〈ワテ、チョコより酒だんねん〉のクチである課長に、義理チョコを渡さんならんねん。
  
なにもまあ、そうムキになることはない、これも職場親睦のためのお遊びじゃないか。とも思うのだけれど、どう考えてもアホらしい。だから、面倒くさい。コマーシャリズムの手垢で汚れた日本の愛の日は、なんだか、とてもうそ寒い。


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イギリスのバレンタインが、日本のそれと大きく違う点は、ひとつは、なんといっても、その発祥にコマーシャリズムが関与していないこと。だから、女性がチョコレートを贈って愛を告白する日では、断じてない。
  
ふたつめは、それが若者だけのものではないこと。つまり、イギリスでは、恋人である年齢の許容範囲が広い。

日本でいうならば「年甲斐もなく」、おじさんおばさん、じいちゃんばあちゃんまでが、カードやプレゼントを贈りあう。夫から妻へ、妻から夫へ、そして熟年の恋人同士で、交換する。
  
あれは二月になったばかりだったと思う。用があって、わたしがカウンセラーの仕事をしている英語学校の、オフィスに顔を出した。そのとき、たまたま、秘書の女性が電話中だった。
  
聞くともなくその電話を聞いていると、
「ええ、ディナーとダブルの部屋一泊、お願いします。……あっ、だめだめ、主人に知られちゃまずいんです」
  
というので、あーっ、やらしー、不倫だ不倫だと、ますますダンボ耳になって聞くと、
「ええ、そう。主人へのサプライズ・プレゼントなんです。じゃあ、十四日、ディナーは七時半ね。よろしく」
  
なーんだ、そうか、バレンタインの予約だったんだ。結婚して何年になるのかと、思わずよけいなことを訊くと、ちょうど十年になるという。

小学生の腕白坊主どもをお婆ちゃんにあずけて、バレンタインはホテルでふたりきり、久々のロマンチックな夜を過ごすのだそうな。
  
十四日の仕事帰りに、バラの花束を買って帰る夫たち。お洒落をして、いつもよりちょっといいレストランで、キャンドルゆらめく灯りのもとで食事をする男と女。

若い世代のみならず、中年や老年までもが、すっかりマジでロマンチックしちゃうイギリスのバレンタインは、オトナの愛の日だ。


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わが家のバレンタインは毎年、カードの交換と食事である。プレゼントは交換しない。

夫が退職してからは、この日にフランスに食事に行くのが、恒例となった。これは、イギリスでも南東部に住んでいるがゆえの、メリットである。
  
ここからフォークストンまで、車で五十分、ユーロトンネルで海峡を渡るのに三十分。わが家の玄関先からフランスのカレーまで、一時間二十分で行ける。じゅうぶん、日帰りができる距離なのだ。
  
なぜ、食事をしにわざわざフランスまで?
そりゃもう、なんたって、フランスはグルメのお国。あちらのレストランの方が、イギリスよりずっとおいしくて、しかも安いから。
  
そしてもうひとつ、目的がある。たいていのイギリス人がそうだが、フランスに行けば必ず仕入れて帰るのが、ワインである。おなじ銘柄でも、イギリスよりは断然安いのだ。

なにしろ、一人百十本まで無税で持ち込めるという、お上の寛大なる配慮で、カレーから出るイギリスナンバーの車のトランクはみな、酒であふれかえっている。
      
さて、夫がお得意のフランス語で、アルドレという小さな町の、古いホテルのレストランに予約を入れてくれた。へへへ、わたしにとってバレンタインは、愛の日というよりは、〈うまいものが食える日〉なのだ。
  
うーんと、なに着て行こうかなあ。お、パスポート、パスポート。レストランに行くのに、これを忘れては、えらいこっちゃ。

おーっと、いけない。まだ、カードを用意してなかった。三年前のバレンタインに、夫はカードをくれたのに、わたしはコロッと忘れていた。彼はムクれて、そのあとずーっと、ネチネチと厭味をいい続けたっけ。

だけどさァ、結婚してもうじき十二年だよ。カードって、そんなに大事ですかい? ええやん、カードぐらい忘れたって。ねえ? 

No.49 2004/2  
  
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