里帰り

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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イギリス生活よもやま話【ブログ】

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里帰り

【亭主は置いて里帰り】

年末に帰国して三週間、グータラグータラと、怠惰な日を過ごしている。こたつに入って、みかんを食べながらテレビを見るだけで、余は満足なのである。だって、イギリスにはこたつはないし、みかんもないんだもん。

イギリスは緯度でいえば、アリューシャン列島のあたりになるので、柑橘類が育たない。だから果物の多くが輸入品で、スペイン産のみかんがスーパーで、なぜか「サツマ」という名前で売られているが、あまりおいしくない。

おなじスペイン産なら、そりゃ、オレンジのほうがおいしい。でもオレンジは手でむけないから、ナイフがいるし、皿がいるし、手は果汁で濡れるし。だから、やっぱり日本のみかんが恋しい。

そしてテレビにしても、日本のほうがいい。わたしはドラマはほとんど見ないけれど、寝ころんでボケーッと、ワイドショーなんぞを見ていると、ガバッと起き上がって「メモ、メモ! メモ用紙はどこだっ」現象が、しばしば起こる。

いやあ、日本のテレビの健康情報、すっごいです。もう、日本人は「一億総健康法おたく」だね。テレビでそういうことをやるから、一般大衆レベルでの健康知識たるや、すごい、すごい。

ところが、イギリスのテレビ番組では、健康法なんてほとんどやらない。だから、一般のイギリス人に、そういった知識が浸透していない。それに西洋には、医食同源とか、薬膳とかのコンセプトもないから、彼らのその方面の知識たるや、ほんとうにお粗末なものだ。

先日も、おこたにみかんでテレビを見ていて、「ほう、背骨の骨の老化を防ぐには、玉葱を生で食べるのか、ふむふむ」と感心してメモっていると、電話がかかってきた。おとなりのおばちゃんからである。

「妙子さん、これから温泉に行きません?」
おっ、いいねえ。行きましょ、行きましょ。

わたしの実家は、山陰の田舎で、家から車で三十分くらいのところ数カ所に、温泉がある。だからこのあたりの住人は、ひょいと、買物に行くようなノリで、温泉に行く。

温泉といっても、観光地ではないので、客のほとんどが地元の人という、鄙びた出で湯である。

正月も過ぎた平日の午後、客は少ない。竹で編んだ垣に囲まれた庭のなかに、露天風呂がある。竹垣の先に見えるのは、日本海。苔むした石燈籠に、チラホラと雪が舞い落ちる。

「あんたは、どっから来なはったかね」
湯につかっていると、ばあちゃんが話しかけてきた。小柄で、顔も小さい。肌が日焼けの色を思わせるのは、漁師のおかみさんだろうか。白髪のない、染めているのでもなさそうな黒い髪が、うらやましい。

会話のやりとりから、ばあちゃんは、この近くの海辺の町に住んでおり、老人会の仲間とやって来たことが、わかった。ばあちゃんたちといっしょに来るはずだった松浦のじいちゃんが、急に具合が悪くなって、病院に運ばれたのだという。

「おじいちゃん、どうだろうねえ?」
と、なぜか、わたしに聞く。

あ、松浦のじいちゃんなら、大丈夫。でも大事をとって、今、312号室で点滴受けてるよ。ただねえ、ほら、折り合いの悪い嫁、あれが付き添っているのが、ストレスでねえ。あれじゃ、治るもんも治らんわさ。

――なーんて、オイラが知るわけ、ねーだろが。松浦のじいちゃんどころか、ばあちゃん、あんたも、あたしゃ知らんのだよ。

「おじいちゃん、たいしたことないといいけどねえ」
とわたしがいうと、ばあちゃんは、帰りに様子を見に病院に寄るのだといって、湯からあがった。

小雪がちらつく庭の、松の枝に、湯煙りがあがって行くのを眺めながら、思う。つかのまの極楽。身も心も、ほっこりと休まる。

ああ、日本ってなんていいんだろう。
日本人に生まれた幸せをかみしめるのは、こんなときだ。


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その幸せを堪能するために、ここ数年、わたしは古亭主をイギリスに残して、ひとりで帰国している。数年前に、夫同伴で里帰りしたことがあったが、いやもう、懲りた、懲りた。

なにしろ、このイギリス人を連れて帰ると、リラックスできなくて、わたしの休暇にはならないのだ。

リラックスできない理由は、まず、夫は日本語がわからないから、なんでもかんでも、逐一通訳しなくてはならない。言葉を通訳するだけならまだ楽だが、日本人にとってはごくあたりまえの事でも、彼にとっては、そうじゃない。

「何それ?」「あれ何?」「なんで?」「どうして?」と、朝から晩まで、四歳児的質問をダダ打ちされるので、いちいち説明しなくてはならない。それが疲れる。

しまいには「じゃかンしーい! だーっとれー!」とブチ切れそうになるのを、家族の手前、こめかみをピクピクさせながら、グッとこらえる。せっかく、外国暮らしのストレスを解消するために帰国したのに、これじゃ、なんのこっちゃさっぱりわからん。

次に、西洋人の夫は、わが家のような純和風の家には、不向きである。身長が一八七センチあるので、鴨居に何度か頭を打ちつけて、しかも頭頂の髪が薄くて禿げかかったところを、何度も打つので、しまいにはそこが出血してしまった。

そして、畳の上に座ることができない。外人でも正座ができる人はいるが、彼はできない。あぐらもかけない。無理に座るとすれば、横座りになって片手をつく。大の男が、くねっと足を曲げて横座りなんだもの、ちょっとねえ。

それでも、座るときはまだいい。大変なのは立つときだ。畳の上から立ち上がるのに大騒動で、誰かが支えてあげるか、何かにつかまるかしないと、立てない。彼が特別に足腰が弱いわけではなく、椅子で暮らす人種は、たいていそうである。

これはよく知られていることだが、日本人が西洋人にくらべて足腰が強いのは、畳に座ることもさることながら、布団の上げ下ろしをするからだ。

だから、ベッドが多くなってきた昨今では、日本人も西洋人なみに、下半身が弱くなってきているのだろう。

わが家のこたつは、堀ごたつで、足を下ろすことができる。腰掛ける格好になるから、大丈夫だろうと思いきや、しばらくすると夫は、ソファに座りたいと言い出した。

こたつがあるのは、テレビのある居間で、ソファは別の部屋にある。みんな居間にいるのに、ひとりポツンとソファに座っている外人の婿。居間とソファの間を往復して、婿どのの世話をするのは、わたしである。んもー、幼児なみに世話の焼けるオッサンなのだ。

そして、日本人とくらべて外人は猫舌だが、また猫肌(?)でもある。日本人の風呂の湯の温度が、彼らにとっては熱すぎる。

西洋人の入浴は、ぬるい湯でそそくさと身体を洗って、それでおしまい。時間にして、十分とかからない。西洋には、湯を楽しむという文化がないのだ。

だから、外人の亭主なんか連れて帰ると、温泉でのんびり、なーんて贅沢はできない。もちろん、温泉の好きな外人もいるだろうけれど、うちの亭主は長湯はできないタイプで、すぐに退屈して、ブチブチ文句を言い出す。

あーあ、こんな素敵な文化を共有できないのなら、うん、里帰りは、やっぱり、ひとりに限るわな。

No.89 2005/1/15

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