遠来の友 (3)

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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遠来の友 (3)

【女外科医優子】

医学研修先のスイスのベルンから、突然わが家に押しかけてきた、三十三歳の外科医優子。あ、優子というのは仮名です。とんだ礼儀知らずだが、人より優れたところがあるので、今、急に思いついて、つけた名前である。

なにしろ、女で心臓外科医をめざすというところからして、変わっているが、このお方、切ったり貼ったり、手術が大好きでして。そして、何段かは忘れたが、長年、剣道をやっている。

そういえば、何年も前にマーゲイトの英語学校に来たとき、日本の女の子たちは皆、こぞってパリにお買物に行ったのに、彼女だけは、パリに剣道の世界選手権を観に行ったのだ。

ショートカット、化粧気なし、スカートははかないというタイプで、スラリと背が高い。彼女のキャラクターが端的にわかったのは、旅行中にデジカメで撮った写真を見せてもらったときだ。

いきなり画面に、超クローズアップ写真が現れた。
うわっ、なななんだこりゃ。
狛犬? 沖縄のシーサー? 眼をむいて「んがっ」とあけた大口。

「ああ、それ。ホテルで退屈だったから自分の顔を撮って遊んだの」
涼しい顔でいう優子。じりっとちょっと後ずさったわたし。

い、いや、いいよ、別に。ホテルで、退屈まぎれに、大口開けて自分ののどちんこを撮ったり、ひとりで「変顔大賞コンテスト」しても。

しかし、ふつうの女は、こういうことはしない。たとえしても、「キャー、見ないでぇ」などと隠すのが、女だ。こいつは、オチンチンこそついてないだろうけど、頭の中はかなり男だね、うん。

そしてハッと気づいたことに、彼女とわたしは、かなり共通点があるのだ。たとえば、旅行の荷物。わたしは、最小限の荷物で旅をする。

ドクター優子がわが家に持ち込んだのは、手荷物として機内に持込める大きさのナイロン製のバッグひとつと、B5のノートパソコン。これだけで、三ヶ月の海外旅行を難なくこなすのだから、お見事。

旅行中に服をとっかえひっかえする趣味は、ないという。着替えは、下着だけ。パンツも、まめに洗濯するから、三枚だけでまにあうという。
晩に洗って、暖房のラジエーターの上に干しておくと、乾燥した部屋にちょうどよい湿気をあたえてくれるし、朝には乾いている。

わたしもまったくおなじで、旅行中は着たきり雀である。(ん? ふだんもそうじゃねーかというツッコミが、どこからか聞こえるけど……?)


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最初は不機嫌な顔で迎えたが、数日顔をつき合わせているうちに、なんと、わたしは、ドクター優子を、ちょっと好きになってしまったのである。その無礼さにもかかわらず。

なぜなら、彼女が、本当の意味でのインテリだと、わかったから。とにかく、話がおもしろい。関西人のくせに、なぜか関西弁ではなく、ギャグもやらないが、非常に興味深い、インテリジェントな話をする。

そして、女によくある、人の悪口、ゴシップ、愚痴などをぐだぐだやらない。これが、彼女の最高の美点である。

職業柄、どうしても医学関係の話に傾いてしまうが、医学の知識をひけらかすことはなく、わたしが聞けば、素人にもわかるように、丁寧に教えてくれる。わたしは、お母さんにお話をせがむ子供のように、彼女の話に聞き入った。

今回の旅は、ホンコンを皮切りにヨーロッパ各国、アメリカとまわって、各地の大学病院で、高名な執刀医による手術を見学させてもらうという、研修旅行である。

「生体肝移植の手術、撮影させてもらったのよ。見る? 女の人って嫌がるんだよね、こういうの。気持ち悪いって。でも妙子さんって、平気そうだから」

どういう意味じゃ、それは。わたしゃ女じゃないってことかい。わたしは血を見るのが嫌だから、ホラーやバイオレンス映画は観ない。だが、医学関係は、わりと大丈夫なのだ。

わたしは、世の中で、人体くらい精巧でおもしろくて、興味深いものはないと思っている。だから、そのメカニズムには、非常に興味がある。しかし、肝臓をちょん切った写真なんて、そりゃまあ、気持のいいもんじゃないけれど。

女二人が、パソコンの写真の前で、生体肝移植のレクチャーをくり広げていると、気の弱いオットットは、いつのまにやらどこかへ消えてしまった。


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ドクター優子とわたしは、グルメではないが、食の話でも盛り上がった。何年か前の仕事がらみの中国旅行で、彼女は羊の頭を食べたという。大鍋の中に、ドーンと頭が、まるごと入っている豪快な料理である。

「おー、これが気管か。するとこっちが食道だな。牛タンは食べたことあるけど、喉からつながった舌ははじめてだなあ、なーんていいながらネ。

いやあ、あれはまるで、解剖しながら食べているようなもんでしたね。で、わたしって、ああいうの、平気でばくばく食べるんですよ、あっはっは。でも、日本人が魚の頭を食べたりするのと、おなじことでしょ」

彼女が、ひと月滞在した広州の中華料理の薀蓄を語れば、わたしは、フランスのペリゴール地方の、鵞鳥料理の話を披露する。世界の二大食いしん坊の国、中国とフランスの食の話は、つきることがない。

話題は食や医学のみならず、守備範囲は広い。カンタベリーに連れて行けば、彼女は買物はせず、大聖堂とローマ博物館を見てくる。

そして、博物館の展覧から、ローマ人がいかに快楽主義者だったかという、ひとつのセオリーを発見して帰ってくるのだ。夕食のテーブルで、夫を交えて、ローマ帝国時代についてのディスカッションが始まった。

これがまた、楽しい時間だった。彼女の素晴らしいところは、自分の意見を持ちながら、人の話からも何かを吸収しようとする、貪欲さを持っていることだ。

英語の会話では文法の基本的なミスが多いが、そんなことは、たいした問題ではない。間違いはあっても、よどみなくスラスラしゃべるから、彼女の英語は流暢に聞える。

そうそう、食事といえば、食卓では珍現象が起こった。夫が、肉の塊でもチーズでも、テーブルの中央で切り分けていると、外科医優子は電光石火、パッと助けの手を出すのだ。

切りやすいように、肉をフォークでおさえていてあげる。礼儀には疎い女だが、これは職業的習慣で、いつも手術で執刀教授の助手を務めるから、つい、手が出てしまうのだ。

手術というものは、助手なしでは、とても手が足りなくて、できないものなのだそうな。だから、外科医になってまず学ぶことは、いかに執刀医の女房役をこなすか、ということ。

それも、むやみに手を出せばいいというもんじゃない。ひとりの教授に、なぜこうしないか、気がきかん奴だと叱られる。叱られたから、別の執刀医にそれをすると、よけいなことはするなと、また叱られる。

外科医の三十三歳といえば、まだ下っ端のペーペーだ。聖書のマタイ伝の「黄金律」を引用して、まったくあのとおりだと、修行中の身を笑う。

Always treat offers as you would like them to treat you
(何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい)

あんた、それがわかってるんなら、もちっとこう、人の気持を考えて行動したらどうよ。そうすりゃ、君の評価もずいぶん違ってくるのに。


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日本でもあるかないかという、貴重な生体肝移植の写真を、置き土産にわたしのパソコンにコピーして、外科医優子は、礼もいわずにニューヨークへ旅立った。

そのあと、夫が彼女の使った部屋のクズカゴで、一枚の地図を見つけた。カンタベリーの街の、きれいなイラストマップだ。
「せっかく買ってあげたのに。なにも、ここで捨てていかなくても……」
オットットは、こういうことで傷ついちゃう、ヤワな男なんである。

こら外科医優子、おめ、そーゆーことすっから、ダメなんだよう。
そりゃサ、たかが一枚二百円の地図だよ。でもね、買ってくれた本人がここにいるんだからサ、わからんように外で捨てたらどうよ。

まったく、そーいうところがいかん。人の気持が、ぜんぜんわかっとらん。そんなことで、患者の痛みや苦しみを、どうやってわかってあげられるのだ。手術が上手けりゃそれでいいという、あんたはそういう医者に、なっていくんだろうなあ。

ま、無礼で恩知らずなヤツだけど、話がおもしろいから歓迎だ。おーい、外科医優子、またいつでも泊まりに来ていいからな。ただし、こんど来たらサンキューぐらいは言うんだぞ。わかったか。

それにしても、手術を見せてもらった教授たちに、礼状ぐらいは出したのかしら、あの子は……、と、ふと親心。

ん、待てよ。ひょっとして、そういう偉い先生には、ちゃんと礼状出して、四泊五日タダメシ食ったうちんとこには、知らんぷりとしたら……、
キィーッ、よけいに腹が立つーゥ!

No.85 2004/12/04

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