遠来の友 (1)

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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遠来の友 (1)

【招かれざる客 Part 1】

まったく、もう。
人にものを頼むのに、頼み方ってもんがあるでしょうが。

土曜日に突然、スイスのベルンから送られてきたファックスを前に、わたしはぷりぷり怒っていた。ベルンのホテルからの発信者は、日本人女性。三十三歳の外科医である。

《来週の月曜日にベルンからロンドンへ行き、その週末にニューヨークへ飛びます。ヨーロッパについて妙子さんに聞きたいこともあるので、そちらに行きます。一、二日泊めてもらえませんか。お返事お願いします》
という、愛想もクソもないファックス。

わたしが怒ったのは、自分の要求のみで、こっちの都合など、いっさいおかまいなしという、その無神経さである。突然で申し訳ありませんが、いついつそちらに行きたいが、ご都合はいかがでしょうか、と聞くのが礼儀というもんだ。えっ、そうだろ?

そもそも、この女外科医とわたしは、ほんの顔見知りという程度の間柄なんだよ。八年くらい前に、マーゲイトで二、三回会って立ち話をした。

そして、彼女の帰国後に一、二回手紙のやりとりをしただけで、それから七年間というもの、まったくのご無沙汰で、年賀状一枚、クリスマスカード一枚、もらったことがない。

日本国内で、その程度の知りあいの家にあなた、泊まりに行きます? 行かないでしょう? それがなぜ、海外だとできるのだろう。不思議でしょうがない。

それに、「聞きたいこともあるから行く」とはなんだ。嘘でもいいから、「久しぶりにぜひお会いしたい」と、なぜいえぬ。わたしはよっぽど、このファックスを添削して、送り返してやろうかと思った。

それともうひとつ、怒りの原因は、なぜ前もって泊めてくれと頼まないのか。これより数ヶ月前に、渡欧のスケジュールを組んで、本人はいつイギリスに行くかは、わかっていたことだ。そのときに、なぜ泊めてもらえるかどうか、打診しないのだろう。

ひと月前に、彼女が医学研修でヨーロッパに来ると、知らせてきたとき、わたしはてっきり、ロンドンから日帰りで訪ねてくるものとばかり思っていた。

顔もはっきり思い出せない相手だが、せっかく遠いところをはるばる来るのだから、手料理でお昼でもご馳走しようかと、考えていたのだ。

ところが、先方はそうじゃない。泊まる気でいらっしゃる。その週は来客の予定があったが、しかたがない、キャンセルだ。

親しい人ゆえに、変更は可能だろう。ただし、木曜日の友人の送別会は変更できないので、その日は接待を夫に頼むしかない。

《来客の予定があるのですが、なんとか調整します。マーゲイトにいつ到着して、何泊するのか知らせてください》

ムカムカしながらそう書いて、ベルンにファックスを送った。何泊するかによって、食材の買物などの準備がある。わが家は、ふだんはベジタリアンだが、客があると、野菜ばかりというわけにはいかない。

日曜日にフ、ァックスで返事が来た。
《月曜日の夕方の便でロンドンに行きます。その晩はロンドンに泊まって、火曜日の午後そちらに行きます。ロンドンでニューヨーク行きのチケットを取るので、まだ確定ではありませんが、金曜か土曜にニューヨークに行きます》
と、それだけ。

来客があるのに、都合をつけてもらって申し訳ないと、なぜこの人はいえないのだろう。このファックスが、さらにわたしの怒りを増幅した。

どうやら彼女は、ニューヨーク行きのフライトまで、わが家に居座る
つもりらしい。わたしは、最悪の場合を考えて四、五日分の買物をした。


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月曜の晩に、ロンドンから電話が入った。声も覚えていない人なので、なつかしさもない。オイラはもう、プンスカ怒っちゃっているもんだから、声に出る不機嫌を隠さない。

しかし、敵もさるもの、ひっかくもの(すいません。これ、糸井重里さんの古いギャグです)。てーんで、こたえちゃいないのだ。

彼女のファックスのごとく、わたしは必要事項のみを、事務的に伝えた。わたしたちのあいだに「会えるのが楽しみ」という言葉はなかった。

二、三時間して電話が鳴った。マーゲイトの駅に着いた、どうしたらいいかと聞く。どうするも何もあるかいッ、タクシーで来いっ! そういってやるつもりだったのに、ああーっ、あたしゃなんというバカな奴。

つい、いつもの調子で「そこで待っててください。迎えに行くから」といってしまったのだ。キィーッ! ぎりぎりと歯軋りしながら、受話器をおいて、頭をかきむしる。

なぜ彼女が、電話でのわたしの冷たい対応も屁とも思わず押しかけてきたのか、本当の理由が、その晩やっとわかった。食後、彼女は、いそいそと自分のノートパソコンを取り出して、電話線を貸してくれといった。

そして、わたしの机の上にパソコンを置いて、電話線の差込口をつまみ上げ、ニマーッと笑った。
「おー、これこれ。これがヨーロッパにはないんだよねえ」
なるほど。そういうことだったのか。

わたしのパソコンは日本仕様なので、電話プラグも日本のものが使えるように、専用アダプターを接続してある。これを使って、インターネットで、これから行くニューヨークの宿を予約するのが、第一の目的だったのだ。

そして、メールのチェック。さらに、ロンドンでの四日間の宿泊費と食事代を浮かすために、やってきたのである。

三泊したあと、四日目の晩は次の朝のフライトに備えて、ロンドンのホテルに泊まるというので、何時の電車でロンドンに行くのかと聞くと、彼女はソファにふんぞり返って、シャラリといった。
「ああ、ホテルへは晩の十一時までに入ればいいのよ」

あっ、そ。つまり、晩メシも食わせろということか。夕食をきっちり摂って、彼女はロンドンに発ったが、家を出るときも、見送った駅のホームでも、「ありがとう」とか「お世話になりました」の言葉がなかった。みごとに、一言もなかった。

夫は日本人に対して、「礼儀正しい」というイメージを持っているので、これには驚いたが、人が好(よ)いので「そのうちきっと、礼状が来るさ」と、安気なことをいう。

冗談じゃないよッ。アンタね、口でありがとうもいえない奴が、礼状なんか出すわけないじゃないッ。あれから一年が過ぎたが、むろん礼状なんぞ、来るはずもない。

きっちり、利用された――。
何年ぶりかの再会というのに、そんな苦々しさだけを残して、彼女は去って行った。前もってちゃんと説明して、泊めてくださいとお願いしてくれれば、こんな不愉快な思いはしなかっただろうに……。


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わたしたち海外に住む日本人は、そこに住んでいるというだけで、わが同胞に押しかけられ、無料のホテルとして利用され、不快な思いをすることがある。海外在住者のウェブサイトをのぞくと、たいてい、そういった経験談が語られている。

日本国内なら、親しくもない人の家に、いきなり泊まりに行くことはない。ところがいったん日本を出ると、事情はちがってくるらしい。

えーと、どなたでしたっけ、と真剣に考え込むような人たちが、にわかに親友となって、訪ねてきてくださる。おかげでここに住むようになって、急に親友がふえたりする。

ずいぶんと前だが、NHKでも放映されたので覚えておいでの方もあろうが、『南仏プロヴァンスの12か月』というドラマがあった。

この原作者のピーター・メイル氏が、プロヴァンスに移住すると、知りあいの友人のそのまた知りあい、といったイギリス人たちが次々と訪ねていって、無料のホテルとして、メイル宅に滞在した。

その厚かましさ、不快さを、皮肉とユーモアを交えてエッセイにぶちまけているのだが、いやあ、メイル氏の気持、お察しいたします。

英語に 、invite oneself という言葉がある。意味は「自分で自分を招待する」。つまり、招かれてもいないのに、泊まりに来る。

このタイプの日本人は、たいていパターンが決まっている。まず、ひと月くらい前に、渡英のだいたいの予定を知らせてくる。おそらくこのとき、どうぞ泊まってください、という招待を期待しているのだろう。

もちろん、友人なら招待するが、受け入れるかどうかは、親しさよりはむしろ、相手に対する好感度で決まる。だからわたしは、初対面の赤の他人でも、泊めたことが何度かある。

しかし、招待されなくても泊まるつもりの人は、マーゲイトに突然来る。これが困るのだ。泊まるなら泊まると、前もっていってくれないと、こっちの都合ってもんがある。そして、駅から電話してくる。

「今、駅なんですけど……」
必ずここで、言葉が切れる。相手は、迎えに行くというこっちのセリフを、待っているのだ。

タクシーに乗ったところで、日本より料金は安いから知れているのだが、英語がしゃべれないから、不安なのだろう。それなら、運転手に、住所を書いたメモを渡せばいいじゃないか。

もちろん、こっちが招いた客なら「タクシーなんてとんでもない。今すぐに迎えに行きます。そこで待ってて。五分で行くから」と飛んで行く。

こういうとき、友達と非友達の違いが、よくわかる。友達は気を使って「わざわざすみません。じゃ、悪いけどお願いね」とねぎらいの言葉をかけてくれるが、非友達は、送り迎えを当然と思っているらしく、礼もいわない。

そして、わが家に着いて落ち着くと、電話を貸してくれという。そーら来た。メイル氏も愚痴をこぼしていた「国際電話」だ。日本の家族へ、無事に着いたと連絡する。

もちろん、いいよ、かけても。かけるなとはいわない。ただし長話はするな、長話は。

わたしは、他人の家で国際電話をかけないことを、鉄則としている。どうしてもかける必要があるときは、コレクトコールにする。

しかし、わが家に押しかけてきた客で、コレクトコールを申し出た人は、ひとりもいない。つまり、コレクトコールなどと気を使う人は、押しかけてはこない、ということだ。

本当のことをいえば、わたしたち在留邦人は、日本からのお客はいつでも歓迎なのである。わたしたちは、日本人との会話に飢えている。日本語で、日本の話を聞く楽しさは、何ものにも換えがたい。

いくら電話やメールがあっても、直接会って話をするのとは、雲泥の差がある。だから、快く歓迎できるよう、礼儀をわきまえてほしいのだ。

あのね、よそのおうちでお泊りしたら、「ありがとう」っていいましょうね。駅のホームで見送ってもらったときも、良い子なら、「さよなら」だけじゃなくて、「お世話になりました」って、いいましょうね。

いえるかな? いえるよね? 
三十三歳の女医さん、あんたにいってるんだよ、これ。

No.83 2004/11/20

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