乗馬

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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イギリス生活よもやま話【ブログ】

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乗馬

【乗馬熱と、びびり虫】
  
「スーパーマン」の俳優、クリストファー・リーヴが亡くなった。一九九五年に事故にあって脊髄損傷、首から下が麻痺して車椅子の生活となったが、必死のリハビリと治療で、人差し指が動くまでに回復していた。
    
そんな矢先、床ずれから重い感染症を併発、心不全で帰らぬ人となった。病と闘いながらも、「クリストファー・リーヴ麻痺財団」を設立して、おなじ障害を持つ人々への献身的支援、そして先端医療への財政的支援に、力を尽くした。
  
その超人的な闘志を、英紙タイムズは「病に倒れてからの彼こそ、真のスーパーマンだった」と讃えていた。
  
さて、この事故だが、馬術大会で、リーヴの馬が急停止したため、彼は放り出されて首を骨折、全身不随となった。テレビでこのニュースが流れたとき、夫がつぶやいた。

「だから乗馬って、危ないんだよなあ。一番危険なスポーツだもの」
  
夫は昔、コーンウォールの学校で教えていたころ、ボーイスカウトの少年たちを引き連れて野山を駆けめぐり、キャンプ、乗馬、ロッククライミング、カヌーイングなどの、アウトドア活動を指導していた。
  
だから今でも、このアウトドア男は、絶壁を見れば「ああ、登りてえ」とヨダレをたらし、馬っ子を見れば「ううう、オラも乗りてえだ」と足で地面を蹴りあげ、旅行で渓谷なんぞに行くと、必ずわたしも駆り出されて、カヌーを漕ぐことになる。
  
彼がボーイスカウトを指導していた二十年間、子供たちのあいだで、ロッククライミングも、カヌーも、事故はなかった。ところが、乗馬は一度だけ、事故があった。腕の骨折ですんだのは、幸いだったが。
  
乗馬が危険なのは、動物の本能を、人間がコントロールできないからだ。馬が驚いたりおびえたりすると、急停止したり、立ち上がったり、疾走したりする。すると、人間はふり落とされる。
  
放り出されても危険だが、足が鐙(あぶみ)に引掛かっても危険だ。頭を地面につけて、引きずられることになる。

いくら乗り手のほうに理性や馬術のテクニックがあろうと、動物の本能はそれを超えたところにあり、予測できない危険がある。
  
んー、じゃ、馬にシートベルトをつければどうよ??? 


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十年以上前に、わたしがはじめてイギリスに来たとき、ぜひともトライしたかったのが、乗馬である。理由は、ただ一つ。だって、カッコいいんだもん(わたしは「カッコいい」という言葉に、とても弱い)。
  
当時、わたしはホームステイして英語学校に通っていたが、学校の課外活動で、マーゲイトの乗馬学校へのツアーがあった。

レッスンといっても、まったくの初心者なので、わたしの乗った馬を、インストラクターが手綱を持って、馬場の中をテクテク歩いただけのこと。
  
それでも、馬の背で手綱を持つのは快感だった。そして馬を撫でながら、その鼻面が、ビロードそっくりの感触なのを知ったのも、このときだった。
  
家に帰って、ホストマザーのサビーナにこの話をすると、たちまち彼女は目をつりあげた。
「ダメッ、乗馬なんか。あんなもの、やっちゃダメッ」
な、なんだよォ、いきなり。なにもアンタが仕切ること、ないじゃん……。
  
それからサビーナは、ツバを飛ばしながら、自分の友人が落馬して今は車イスの生活だという話を、「デンジャラス」という単語を二百回ぐらい並べて、語った。馬のために、彼女の人生はパァよ。それでもいいのッ?
  
でも、皆が皆、事故にあうわけじゃないし……、確率からいっても、事故にあう可能性は少ないし……と、内心反論しながらも、びびり虫のわたしは、その話でかなりヘコんだ。
  
それ以来、乗馬のことはケロリと忘れた。なに、もともとが、「カッコいい」というだけの軽薄な動機なので、根は浅いのだ。

それでも、ロンドンのバッキンガム宮殿の衛兵交替で、騎馬警官が交通整理をしているのを見たりすると、やっぱり、カッコいいなあ……、と振り返って見送ってしまう。  


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淡いあこがれにとどまっていた乗馬熱に、またもや、ポッと火が点いたのは、数年前に、イギリス北西部の湖水地方に行ったときのこと。

ベアトリクス・ポターの「ピーター・ラビット」で有名なこの地方、湖とゆるやかな丘陵が、ためいきが出るほどに美しい。
  
コニストンの湖畔をドライブしていて、偶然にトレッキングセンターの看板を見つけるやいなや、うちの馬っ子が、いや、亭主が、ヒヒーンと嘶(いなな)いた。もう、口から泡なんか吹いている。
  
「あああ、ど、どうしたんだ、車が、車が、勝手にこっちに行ってしまうぅ。うわあ、助けてくれぇぇぇ」
などと、しょうもないギャグをやりながら、馬っ子は、トレッキングセンターの玄関に車を着けた。(なんで素直に、馬に乗りたいと言わんのだ?)
  
トレッキングとは、一列縦隊となって常足(なみあし)でポコポコ歩いて、遠乗りすること。センターでは馬を貸してくれ、インストラクターが付き添って、遠乗りに連れていってくれる。
  
わたしたちを含めて六人の客が、厩舎の前に集った。ハリソン・フォードを小柄にしたような、ちょいといい男のインストラクター、略して小ハリがやってきて、ジロジロと、わたしたちを上から下までながめまわした。
  
なによォ、失礼ねえ。と思って見ていると、いやいや、そうじゃなくて、彼は、客ひとりひとりの体格を見て、馬を選んでいたのだ。

小ハリが、若い女性のインストラクターに何やら指示を与えると、彼女が馬を連れて来る。背の高いオットットには、モンスターのごとき巨大な馬が、チビのわたしには、小柄な馬が振り当てられた。
  
六人全員が騎乗し、二人のインストラクターと二匹の犬もスタンバイ。
さあ、トレッキング隊の出発だ。
  
馬は生意気にも、膝の締め具合や手綱さばきで、乗り手の技量をたちまちに見抜く。そして、乗り手が初心者だとわかると、馬鹿にして、いうことを聞かない。
  
はい、わたしもとことんナメられました、馬ごときに。
(ちなみに、テレビの「トリビアの泉」で「馬と鹿とどっちが馬鹿か」ってのをやっていたが、馬のほうが馬鹿だという結果が出た。その馬に馬鹿にされたのだから、この番組を見てから、悔しさがぶり返した)
  
最初、おかしいと思ったんだ。馬にまたがったとき、小ハリが「この馬の名前は、ジョンティだよ」と、わたしにだけ名前を教えた。他の五人は、自分の乗ってる馬の名前なんか、知らないのに。
  
つまり、「こらあッ、ジョンティッ!」と、何度も何度も叫ばねばならない羽目になるという、暗示だったわけで、とんでもない駄馬に、大当たり。
    
いざ乗り出してみると、案の定、道草を食ってばかりいる。馬腹をかかとで蹴って「進め」の合図をしても、知らーん顔。無視かよ、おい。おまえは学習能力がないのか? それとも理由なき反抗?
  
当然、わたしだけが隊から離れて、遅れる。そのたびに小ハリがやってきて、ジョンティを叱った。が、すぐにまた遅れる。とうとう隊の最後にいたジョンティを引っ張って、前のほうに連れて来て、やっと道草がおさまった。
  
丘を登りきると、目前に、美しい湖のパノラマが広がった。馬上からの展望は、またひとしおである。

おお、良い眺めじゃ。気分はすっかり「風林火山」で、馬上の武将を、低いアングルから狙ったテレビドラマの画面と、一体化する。
  
絶景を楽しんだあと、また一列縦隊になって、丘をくだった。
と、そのとき――、
バシッ! と、いきなり顔をはたかれた。
  
イッテェェェ……。見ると木の枝だ。景色に見とれて、よそ見をしていて、木の枝の中に、まともに顔面を突っ込んだ。

ジョンティのコン畜生は、乗っている人間のことなんか、考えてはくれないから、自分さえ通れば、その頭上に枝が伸びていようが、それが馬上の人に当たろうが、知ったこっちゃない。
  
後ろの方で、オットットがわたしを見て、ヒーコラ笑っている。まさか、こんな間抜けぶりを、あのちょいといい男の小ハリに、見られたんじゃ……? 

前にいる彼のほうを見ると、後姿の肩が、こきざみに震えていた。
笑っていやがる。
  
この、コニストンのコースは、丘あり谷ありの複雑な地形で、平坦な道を歩くよりは、断然おもしろい。

馬が、せいぜい五十センチぐらいの高さの石の上に乗り上げても、こっちの体は、グワーッと二メートルぐらい、持ち上がったような気がする。

そして、谷を下るときもまた、グワーッと落ちていく感じ。んもう、このスリルは、ちょっとたまらんぜ。
  
わが家は、マーゲイトの町はずれにあり、近くに乗馬学校がある。週末になると、そこの生徒たちがトレッキングに出かけるので、朝からカッツ、カッツと、蹄の音が聞こえてくる。

レッスン、申し込もうかな。
  
海岸に行けば、潮の引いた砂浜を、若い女性がギャロップで疾走する姿を、見かける。ああ、夕陽に向かってギャロップよ。渚のギャロップよ。
  
申し込もうかな。

あこがれのため息の下で、びびり虫がやめとけー、やめとけーと袖を引っ張るのだ。

No.78 2004/10/16  

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