古代オリンピック  

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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古代オリンピック  

【ふりちんオリンピック】   
  
二〇〇四年、八月――。
この夏は、アテネ・オリンピックで明け暮れたが、二十一世紀最初のスポーツの祭典、その開催地が、オリンピック発祥の地というわけで、イギリスでは七月ごろから、ちょっとしたギリシャ&古代オリンピックブームだった。
    
オリンピックについての書籍が、相次いで出版され、またテレビではBBCと民間放送が、それぞれ独自に、古代オリンピックについてのドキュメンタリー番組を制作し、いずれも二週にわたって放送した。
  
これを見たわたしは、もはやエキスパートといっても過言ではない。もう、古代オリンピックのことなら、わたしにおまかせください。
  
このドキュメンタリー、なかなか面白かった。だって、若くて逞しい男の裸が、いっぱい出てくるんだもーん。

うん、ギリシャ彫刻のような肉体美というか、逆三角形の引きしまった体、おケツなんかキュッと上がってて、そんでもって、おケツのふくらみがコリンとして、可愛いの。
  
古代ギリシャのドキュメンタリーは、もちろん、当時の映像があるわけはないので、それを再現したビデオや、考古学者の解説で構成されていた。

で、なぜ男の裸がわんさか出てきたかというと、なんと、古代ギリシャでは、素っ裸で競技をしていたというのだ。そう、ふりちんで走ったり、レスリングをしたのである。ひゃあ。
  
とはいえ、再現ビデオでは、素っ裸というわけにはいかないから、出演者たちは、肌色のTバックをつけていた。後ろは細い一本のヒモだし、肌色だし、まあ、遠目には全裸に見える。

なーんか、チッペンデールの男性ストリップを見ているようで、ははは、なかなか良い眺めであったぞ。もちっとシリーズでやってくれてもよいぞ。
  
しかし、なぜ裸なのか――
そういえば日本の相撲だってほとんど裸だが、なぜだろう。今のボクシングやレスリングが裸に近いのは、おそらく、古代ギリシャの裸競技を踏襲しているものと考えて、いいだろう。
  
これは、オリンピックが、宗教行事から生まれたことから、説明される。最初のオリンピックとして記録に残っているのが、紀元前776年、日本でいえば、縄文時代である。
  
ギリシャ本土のペロポネソス半島にある、オリュンピアという村に、ギリシャの最高神であるゼウスを祀る神殿があった。この神殿の、夏祭りの行事の一環として、競技会を開催した。これが、オリンピックの発祥である。

ということは、そうか、オリンピックって、あれだ、ほら、日本の神社のお祭りに、「奉納相撲」ってあるでしょう。あれを思い出せば、納得する。
  
さて、当時のギリシャでは、神は倫理や道徳の象徴ではなく、力の支配者として崇められていた。――ははあ、それでやっとわかった、オリュンポスの主神ともあろうゼウスが、なぜあんな女たらしなのか。
  
ギリシャ神話に登場するゼウスは、現代のわたしたちの感覚からいえば、神どころか、どうしょうもないエロ親父である。ヘラという正妻がありながら、あちこちで女をたぶらかしては、子を産ませているんだもの。
  
ところが、当時の「神」のコンセプトが道徳に無関係となると、その不倫も、まあ、納得できる。つまり、英雄色を好む、ということか。

ギリシャ美術ではゼウスなどの男神は、人間を理想化した見事な体躯を持ち、それを誇示するために、全裸で表現されている。
    
古代オリンピックの競技は、神のごとき強者を選出する闘いであり、その意義は「勝つこと」である。まちがっても「参加すること」ではない。

だから、オリンピックの優勝者は英雄となり、限りなく神に近い存在となる。その神にあやかって、神とおなじ衣装、つまり、全裸で競技をしたのだ。

  
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それにしても、なぜ八月という酷暑の時期に、こんな暑苦しいことをするのだろうかと、かねてから、わたしは不思議に思っていたが、やっと謎がとけた。

祭りというものは、そう、農閑期にあるのだ。麦の収穫が終わり、オリーヴや葡萄の取り入れにはまだ間のあるこの時期に、全ギリシャ世界をあげての、四年に一度の、ゼウスの大祭が行われる。

地中海から黒海にまで広がるギリシャ帝国、ポリス(都市国家)のひしめきあう、群雄割拠の時代である。
  
オリュンピアの村に、各ポリスを代表する競技者が、そして観衆が続々と集まってくる。富裕な者は馬で、貧しき者はロバで、あるいは徒歩で。

戦国の世の大祭ゆえに、期間中は、オリンピック休戦(エケケイリア)が全土に布告され、旅の安全が保証された。
  
五日間の祭りにやってきた人々のテントで、村は大キャンプ場となる。会場付近には出店がならび、大道芸人、大衆にむかって政治演説をする者、詩を朗読する者、さまざまなパフォーマーや商人などで、賑わう。
  
オリンピックの第1回から第13回までは、競技種目は、短距離走の一種目しかなかった。その後、中距離、長距離、幅跳び、円盤投げ、槍投げ、そして格闘技が加えられた。
  
競技は、個人競技だけで、団体競技はない。そして、女性は参加できない。聖火リレーもなければ、五輪のマークもない。聖火リレーが始まったのは、ヒットラーのベルリンオリンピック(1936年)からである。
  
さらに、現代との大きな違いは、スポーツという概念がまだなかったこと。したがって、「スポーツマン精神にのっとって、正々堂々と戦いまーすッ」なんてこともなく、とにかく、勝つことが第一。
  
そうなると、「勝つためには、汚い手も使うぜ、オレは」という奴が、必ず出てくる。そういった違反者には、相当の罰金が課せられた。――それからニ千年以上も経ったというのに、薬物だの何だのと、うーむ、人間ちっとも進歩しとらんのう。
  
戦国時代ということを考慮すれば、戦争のテクニックを競いあったことから、槍投げや格闘技などの競技が生まれたことは、想像がつく。特に格闘技は、一騎打ちには不可欠だ。
  
だから、ルールがほとんどない。ボクシングにしろレスリングにしろ、リングはないし、噛み付いたり、指で目を突いたり以外は、何でもオッケー。どちらかがノックアウトされるか、戦意を喪失するまで、休憩なしで闘う、というすさまじさだから、当然、死者も出た。
  
勝者は、常に一人である。勝つか負けるかのどちらかで、金、銀、銅のメダルもない。勝者には、オリーブの枝で作った冠が贈られた。

しかし、真の褒賞は、冠ごときではない。英雄として、その名がギリシャ全土に響きわたり、行く先々で、凱旋する将軍にも劣らぬ名誉が、得られたことだった。  


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初期のオリンピックでは、短距離走の一種目しかなかったが、このスプリントは、「スターデ競争」と呼ばれていた。競技場のトラックの長さが一スタディオン(約190m)で、この距離で速さを競った。
  
といえば、もうお察しだろうが、現代のわたしたちが使う「スタディアム」という言葉は、ここから来ている。古代ギリシャで、スターデ競争が行われた競技場、それがスタディアムだったのだ。
  
体育館のことを、英語で「ジムネイジアム」、略して「ジム」というが、これはギリシャ語で「裸の」という意味の、「ジムノス」という言葉が語源である。
  
古代ギリシャでも、オリンピックに出場する競技者は、コーチを雇って、トレーニングを受けた。裸でトレーニングを受ける場所が「ジムナジオン」、これにラテン語の名詞語尾がついて、「ジムネイジアム」に変化したというわけ。
  
そういえば、あのエリック・サティの名曲「ジムノペディ」は、ギリシャの神に捧げる裸踊り、とか、たしかそんな意味だったと思うが。
  
わたしたちに馴染みの古代ギリシャ語は、マラソン、ペンタスロンなどのスポーツ用語をはじめとして、アキレス、モルヒネ、サイレン、パイ(円周率)、デモクラシー、レズビアンなど、枚挙にいとまがない。
  
気の遠くなるような昔に、遥かかなたのギリシャで使われていた言葉。それを今のわたしたち日本人が、なんの惑いもなく、日常で使っている。
思えば、なんと不思議なめぐりあわせだろう。
  
No.77 2004/10/09
  
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