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イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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イギリス生活よもやま話【ブログ】

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【ごろごろ、ごろごろ】
  
んもー、朝からごろごろして、女の子がそんなことじゃ困るんだよ――
と、漫画『あたしんち』の母さんが、よく、高校生の娘のことを嘆いているが、そっちのごろごろではない。ここでお話するのは、猫が喉を鳴らす、あのごろごろである。
  
ロンドンのロイヤルアカデミー(王立美術院)に、印象派展を観に行ったとき、別館で、ジョルジュ・アルマーニ展をやっていたので、ついでにのぞくことにした。

すると、ファッションにはまったく興味のないオットットは、コーヒーでも飲んで待ってるよ、といって、さっさとカフェテラスに行ってしまった。
  
わたしが展覧を見て、一階のカフェテラスに下りてみると、かなり混んでいた。夫の姿を探すと、イタリア系とおぼしき派手な化粧をした、恰幅のいいおばちゃんと相席していた。

わたしはおばちゃんに「こんにちは」と挨拶をして、テーブルについた。すると彼女は、わたしと入れ替わるように、席を立った。これから、展覧を観るのだという。

彼女の姿が消えると、オットットがへっへっへと笑った。
「なによ」
「さっきの人、I made her purr」
  
この purr という単語、ちょいと説明を要するが、「猫が喉をごろごろ鳴らす」という意味である。発音は「パー」(rrのところで舌を巻く)。

彼女の喉をごろごろ鳴らせたということは、つまり、彼女をいい気持にさせた、喜ばせた、満足させたという意味になる(といってもアッチの話じゃないよ。ほらほら、あなた、エッチなことを期待したんじゃない?)。
  
どうやっておばちゃんを、ごろごろさせたかというと――
セルフサービスのカフェテラスで、夫が、コーヒーの盆を持ってうろうろして席を探したが、空いたテーブルがなかったので、一人で座っている中年女性に、相席をお願いした。

「おじゃましても、よろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞどうぞ。今、バッグをよけますから」
「外国からいらっしゃったんですか?」
「あら、下手な英語だから、わかってしまいましたわね」
  
「とんでもない、マダム。イギリス人にしては、あなたはエレガントすぎる。だから、外国の方だと思ったのですよ」
「うんまあ、ほーっほっほっほっ」

マダムは盛大に小鼻をおっぴろげて笑った。
purr purr purr。ごろごろ、ごろごろ、ごろごろ……。
  
と、まあ、こういうセリフのやりとりが、あったというのだ。
まーったく、もう。油断も隙もありゃしないよ、うちのおっさんは。


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そう、ごろごろで思い出した。
これよりしばらく前に、ケンブリッジ大学のカレッジのレセプションルームで、身内のパーティがあって出席した。

正式なディナーパーティで、前菜が終って主菜になると、数人のウェイターが、肉料理やつけあわせの野菜を持って、テーブルをまわってきた。
  
背の高い金髪のウェイターが、ローストポテトの皿を持ってやってきた。わたしはそのとき胃の調子が悪くて、食べるのを少しひかえていたので、
「ひとつだけ、ください」
といった。

すると、彼は、
「そういわずにもうひとつ、どうぞ。ね? いいでしょう?」
とにっこりとして、わたしの顔を覗き込んだ。

うーむむむむ……。更年期驀進中、不定愁訴まっ盛りのわたしだって、まだ一応、女である。そして相手は、背が高くて金髪の若い男。そんな彼に、笑顔でそんなふうに責められちゃうと、いーやん、困っちゃう。
  
「うーん、じゃあ、小さいのをひとつだけ……。悪い人ね」
と睨むと、彼はニッと笑って、片目をつむってみせた。

「食べ過ぎて動けなくなったら、どうしてくれるのよ」
「大丈夫。ぼくが介抱しますよ」
と耳元で囁く。
うひひひ、purr purr purr。ごろごろ、ごろごろ、ごろごろ……。
  
と、まあ、こういう映画の一場面のようなことが、わたしのような黄色い顔で鼻ぺちゃの、更年期のオバハンにも実際に起こるのが、西欧なのだ。もっとも、黙ってちゃダメよ。黙っていては、こんな〈ごろごろ〉に遭遇する機会はない。
  
なにしろ西欧というところは、しゃべってナンボの世界だから。言うた者勝ち。言わなきゃ、無視されるだけ。もちろん、美人なら、黙っててもごろごろさせてくれるだろうけどね。


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どうです、日本の男性諸氏よ。
街中で、行きずりの見知らぬ女性と、こういう会話ができますか?

日本の男友達にこういう話をすると、必ず返ってくるのが、「ケッ」、「キザな野郎だ」、「よくやるよ」である。
  
あのイタリアおばちゃんといい、わたしといい、縁もゆかりもない、しかも美人でも若くもない女に、甘い蜜の一滴(ひとしずく)をくれてやるのだから、西洋男というのは、まったく「よくやるよ」である。
  
しかも、オットットにしろあのウェイターにしろ、下心があるわけではないのだ(なにしろ、相手はおばさんだし)。でも、そんなおばさんさえも、いい気持にさせてくれる――これって、何なんでしょうねえ。
  
軽いお遊び?
人生を楽しもう、ってヤツ?
  
そうかもしれない。西欧人は、遊ぶのが上手い人種である。だからワークホリックと呼ばれて働くことばかりに終始してきた日本の男たち、もういいかげんこの辺で国際化して、女どもの喉を、ごろごろさせてちょうだいよ。
    
――と、思わんこともないけれど、でもねえ……。
イギリスで暮らしていると、日本の男性たちの、チャラチャラしない真面目さ、勤勉さ、そしてはにかみ。 こういったものが、非常に新鮮に見えてくる。そういった性質が、貴重な美徳に見えてくる。
  
あの日、アルマーニ展の後で、わたしはラーメンが食べたくなって、ピカデリーのジャパンセンターに入った。ここで、小さな感動に出会った。わたしが長い間忘れていた、懐かしい日本があった。
  
それは、接客していたウェイターの日本人の男の子。学生のアルバイトだろうが、じつにテキパキと仕事をこなしていた。なーんだ、そんなことか、と思うでしょ?
  
ところが、この「テキパキ仕事をこなす」ということに、イギリス社会でお目にかかることは、少ないように思える。だからわたしは、思わず彼の仕事ぶりに、見とれた。

西洋人にはない気配り、そして、無駄のない動きに、頭の良さが見える。接客英語もクリアな発音で、なかなかよろしい。見ていて、とても気持がよかった。
  
耳元で甘言をささやく金髪のウェイターか、テキパキ働く日本人のウェイターか、どちらを取るかと問われれば、わたしはやっぱり、日本人を取る。彼の方が、信頼を置けるからである。

No.73 2004/8/14

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