ライスの食べ方

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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ライスの食べ方

【フォークの背にライス】  
  
作家の中島らもさんが亡くなったことを、わたしは、インターネットのニュースで知った。

酒に酔って、階段から転落という死亡記事を読むと、もう、痛くて痛くて……。どこがどう痛いのか聞かれても、困ってしまうが、うーん、胸の奥のへんが、ヒリヒリとね。
  
同病相憐れむっていうんだろうけれど、この方は鬱病、アルコール依存症、対人恐怖症があったという。わたしは、お酒が飲めない体質なもんで、アルコール依存症だけはまぬがれたけど、飲めたら完全になっていましたね、アル中に。

主婦のキッチンドリンカーってヤツ。もう、自信満々。そんで今ごろは、病院に入れられて、リハビリやってたかも。
  
でも、鬱病と対人恐怖症をやったから、わかるんだ、らもさんの気持が。鬱なんて、実際に痛みがあるわけじゃなし、傍(はた)から見たら、怠けているとしか思えない病気。そのつらさは、経験者にしかわかンないです、ホント。
    
もうネ、鬱の苦しみからのがれるためなら、何だってやる。だから、ドクターストップかかっても、らもさん飲んでいたでしょう。それで、死に急いだ。

大麻所持で逮捕されたと聞いても、ああ、ああいうものが手に入るなら、わたしだってやっちゃうなと思う。もちろん、悪いことだとわかってる。でも、先のことなんか考えられない、未来がないのが、鬱という病気だもの。
  
わたしが鬱病になった原因は、はっきりいって海外生活。「海外不適応」というヤツですな。適応障害の一種である。

だから、適応障害といわれる雅子さまの苦しみが、これまたよーくわかって、ヒリヒリと痛むのだ。(雅子さまのニュースは、イギリスでも大きく報道されました)

 
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おーっと、そうじゃなくてェ。今回のテーマは、鬱の話じゃないんだ。それにわたしは、特に中島らもさんのファンだとか、そういうことでもなくて。

らもさんが、本格的に作家や俳優、ミュージシャンとして活躍されたのは、わたしがイギリスに来てからなので、正直なところ、そのお名前しか知らなかった。
  
だから、個人的にも何のかかわりあいもないのだが、あるとき読んだ文庫本がきっかけで、ぜひとも、らもさんに個人的にお伝えしたいことができた。それで急に、この多才な作家が、ちょっと身近に感じられるようになった、というわけ。
  
とはいえ、作家にお便りをするのに、せめてその著作を、一冊でも読んでからでないと失礼じゃないかと尻込みし、読もう読もうと思いつつも、なかなか読みたい本が入手できない環境で、そのまま数年が過ぎてしまった。
  
そして、このたびの訃報。ああ、間にあわなかったか……と、またもや心がヒリヒリ、チリチリ。
  
いえね、ゼンゼン、たいしたことじゃないんですよ。でも、このことをお伝えすると、きっとらもさんは、「見てみい、オレの方が正しいやないか」と、ニンマリなさったんじゃないかと……。
    
『「食」の自叙伝』という、文藝春秋編の本がある。初出は『MARCOPOLO』という雑誌の連載で、内容は、作家や俳優など各界の著名人に食歴(?)をインタビューして、それを語録のような形でまとめたものである。
  
どんな家庭で、どんなものを食べて育ったか、食へのこだわり、あるいはこだわりのなさ。よそんちの台所を覗くような面白さで読んでいくうちに、中島らもさんの章があって、そこに、こんなくだりがあったのだ。
  

サル筋からの「らもさんは、いまだにフォークの背にライスをのせて食べている」という情報をご本人にぶつけると、一瞬ニヤリとして、「……外国に行って外人の食べ方見てたら、誰もそんなことしてないの。でも、ここでめげちゃいかん、日本の洋食の正しい食べ方を子供にも教えていかないと……」と言ってまたニヤリ。続けて、「『あれは間違ってた』で済まされたら、カッコ悪いじゃないですか……」
  
  
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「いえいえ、らもさん。それは、イギリスでは正しい食べ方なのであります」と、わたしは、それをお伝えしたかったのだ。
  
もうずいぶんと前のことだが、わたしは夫と向かい合って、食事をしていた。肉料理に、野菜は人参のソテーとゆでたポテトとグリンピース。ふと彼の手元を見ると、フォークの背にライスを乗せている。
  
「えーっ、うそーん。ライスってそうやって食べるのォ?」
「えーっ、うそー、じゃどうやって食べるの?」
  
この「えーっ、うそー」のところだけ、オットットはいつも日本語でいう。これは、彼が英語を教えていたころ、留学してきた日本の軽薄女子大生どもが、授業中でも、当時の流行語であった「えーっ、うそー、やっだー」を連発するのを聞いて、夫は声のトーンからイントネーションまで、正確に覚えてしまったのだ。
  
そんなの、とっくの昔に流行遅れだといっても、本人は最高にナウイ(うわ、これも超流行遅れだな)日本語を知っているつもりで、今でも、むしろ得意げに日本人の前でいうので、わたしゃ恥ずかしいったらありゃしない。
  
ま、そんなことより、ライスである。夫の説明によると、イギリスではナイフとフォークで食べる場合、フォークは常に背を上に向けて使うのが、正しいマナーだそうな。
  
肉でも野菜でも、塊ならばフォークで刺して食べれば良いが、ライスのような刺せないものは、背に乗っける。そのとき、ナイフでライスをフォークの背に乗せて、上から押さえつけるようにすると、安定する。
  
ふんふん、なるほど、なるほど。ところがライスだけじゃない。オットットは、グリンピースも背に乗せる。
「えーっ、うそーん。グリンピースもそうやって食べるのォ?」

グリンピースのように丸くてコロコロするものは、フォークの背で押さえてちょっとつぶしてから乗せて、上からナイフで押さえつけると安定する。

  
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で、これはわたしの想像だが、その昔、神戸にやってきた西欧人たちも、おそらくそうやって食べていたのだろう。だから、そのマナーが日本で普及した。
  
兵庫県の尼崎出身の中島らもさんは、父親が歯科医で、クリスチャンで洋画が大好き、母親はハリー・ベラフォンテが大好きという「いやらしい家庭(本人談)」で育っている。
  
これが今なら、どうということはない。しかし、昭和の二、三十年代でこのウェスタナイズぶりは、かなりいやらしい、あ、いや、珍しい。
  
当然のごとく、中島家では洋食が多く、らもさんは、箸よりもナイフとフォークを使うことの方が上手な子供だった。なにしろ、おふくろの味が〈スコッチエッグ〉というのだから、やっぱり、ちょいといやらしいのである。
  
子供のころに、「ライスをフォークの背に乗せる」というマナーを教えられ、それが習慣として身についたらもさんが、長じてからもそうやって食べるの、はごく自然なことだ。

そしてイギリスのミドルクラスに生まれ、家庭やボーディングスクール (私立の寄宿学校)で躾を受けて育ったわたしの夫がそうするのも、また、おなじことなのだ。
  
昔は、フォークの内側にものを乗せて食べるのは、ナイフとフォークをきちんと使えない者のやることだったはずだ。しかし実際には、内側に乗せるほうが、物理的に安定する。
  
だから今ではイギリスでも、そして世界的にも、こちらの方が主流になっているようだ。フォークの背に乗せる食べ方は、今後ますます廃れていくだろう。(ちなみに、日本の辻ホテルスクールのテーブルマナーは、米料理や豆を、フォークですくって食べるよう指導している)

ただ、イギリス人が食べるのを見ていると、フォークですくって食べるのではなく、あくまでもナイフを使ってフォークの内側に乗せている。
      
この文を書くにあたって、もう一度夫に確かめてみた。
「そりゃなんたって、フォークの背にライスを乗せるほうが、上品だよ。内側に乗せるのは、ワーキングクラスのやることサ」
「そういうけど、アンタだって、ときどきワーキングクラスの食べ方してるやん」
「家ではいいの、家では。でも、ちゃんとしたレストランでは、やっぱり背を上にして食べないとね」
  
というわけで――
らもさん、あなたの父上の躾は間違っていなかった。ゆえに、胸を張って堂々と、フォークの背でライスを食べてください。

そして、それを嗤(わら)う者あれば、ヴィスコンティの映画『山猫』のサリナ公爵のように、移りゆく時代の流れと頽廃のなかで、取り残された高貴なる者の憂いに満ちた孤独を、そっとかみしめてください。

そうお伝えしたかったのだが、間にあわなかった。
今となっては、ご冥福を祈るばかりである。

No.72 2004/8/7

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