セビリヤ  (2)

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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イギリス生活よもやま話【ブログ】

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セビリヤ  (2)

【忘れえぬ一夜 Part 2】  
  
ホテルに帰って、部屋に入ると、もわ〜んと、熱気がこもっている。
当然だ。昼間の外気40度、それでずっと窓を閉めきっていたのだもの。

蚊が入るから、窓を開けてはならんと、宿の婆さんからクギを刺されていたけ ど、それって考えてみりゃ、ゲゲッ、下手すりゃ故殺罪だよ。だって、人は暑さで死ぬんだもの。
  
ねー、ちょっと窓開けようよ。なーに、蚊が入っても、殺しちゃえば終わりだし。わたしが、窓枠に手をかけると、
「NO WAY(ダメ)!!!」
と、オットットが恐い顔でにらんだ。
  
ちぇ、わーったよ。開けねーよ。奴は、アレなんだ。ほら、キャンプとか庭で花火とかすると、必ずひとり、集中的に蚊に刺される子がいるでしょう、あの一派。だから、虫関係となると、いつもピリピリするのだ。
  
絵が一枚かかっているわけでもない、殺風景な、薄汚れたような白い壁。部屋の片すみに、木製の椅子一脚、壁にはめ込みの半間のクロゼット、そして粗末な ダブルベッド。

家具はそれだけのわびしい部屋だが、それでもまあ、日本のビジネスホテルとくらべれば、広いかもしれん。そして、隣接する畳一枚分のスペースに、この狭い所によくもまあと感心するほど、シャワー、便器、ビデ、洗面台が、ちまちまと設置してある。
  
なにはともあれ、汗を流さにゃあ。シャワーを浴びて、さっさと眠って、このわびしさを忘れましょ。だいいち、ベッドサイドの灯りもないから、本も読めやしない。
  
なーに、眠ってしまえば、目クソも鼻クソもいっしょじゃい(ん? このたとえはちょっと違うような……ま、いっか)。

いえね、掃除さえしてあって、シーツが清潔で、ベッドが柔らかすぎなければ、うらぶれた安宿だろうと、一晩ぐらい、わたしゃ文句は言わん、というタイプなのよ。
  
シャワーを浴びて、夫はパンツ一丁、わたしは、寝巻き代わりのタンクトップにショートパンツで、ベッドの上に横になった。電気を消して、眠る努力をする。


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クーラーどころか、扇風機もない熱帯夜。おまけに、網戸がないので、窓を開けることもできない。シャワーの後の涼を満喫できたのは、たったの五分間。
    
オットットは、たまりかねて、ガバッと起きた。そしてガイドブックを持ってきて、ベッドに横になって煽ぎはじめた。
おお、その手があったか――。
  
こんなことでも、この灼熱地獄の密室では、思いのほか涼しいという事実に驚く。体が接触すると暑いので、接触しない程度により添い、振幅を大きくして煽げば、ふたりに風が来る。

しかし、寝たままで煽ぐのだから、すぐに手がだるくなる。わたしは起きて、アルフォンスホテルでもらってきたA4サイズの小冊子を、持ってきた。これで扇ぐと、パコパコと音をたてるのがうるさいが、本より軽いので、まだましだ。
  
よし、五分で交替な。オッケー。
五分間づつ交替で煽いでいたが、しかしこんなこと、一晩中やってらンない。腕のだるさも、もう限界だ。
  
はあ〜、あっつ〜。
「たまらん……。シャワーを浴びてくる」
夫に続いて、わたしも二度目のシャワーに、起き上がった。
  
この夜、学んだことがある。涼を保つには水シャワーよりぬるま湯シャワーである。体温より二、三度低めの、ぬるーい湯がいい。水だと、毛穴が収縮して、かえって熱がこもってしまうのかもしれない。
  
それでも、涼しいのは五分間だけ。もわぁ〜とまた暑くなるが、やがて、寝息が聞こえてきた。汗をかきながらも、夫は眠ったようだ。えーっ、マジですか。こんな暑さで、よう寝るわ。


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はあ〜、それにしてもたまらん。なんとかならんか。
前日に行った、グラナダのアルハンブラ宮殿で、涼をとるために各部屋に水を引き入れていたのを、思い出した。水があれば、少しは違うだろうか。
  
昔の理科の時間で習った、「気化熱」という言葉が蘇る。液体が気化するときに、外部から吸収する熱量か……。いや、しかし、それは温度変化として現れるわけでは、ないだろう。そんなことで、部屋の温度が下がるわきゃないわさ。
  
それなら、自分を濡らしてみようか。気温が下がらなくても、体感温度さえ下がれば、少しは楽になるだろう。よし、やってみよう。

ハンカチ大の、ハンドタオルを濡らした。シーツを濡らしては困るので、タンクトップの胸だけを濡らして、太ももの上にハンドタオルを広げた。うーん、涼しい、涼しい。こりゃいいわ。
  
しかし、これじゃ寝返りは打てんぞ。どうする……。解決策のないままに、それでも耐えられる体感温度になったので、ようやくうとうと、まどろみ始めたとき――、
  
んがっ!!

耳元で爆音が炸裂した。オットットは、就寝中、あまりいびきはかかないが、ときおり、喉が詰まったような爆音を発するという奇癖がある。んもー、せっかく眠れそうだったのにィ。うーむ、「殺意が芽生える」ってのは、こういう状況のことをいうのだろうなあ。
  
それからしばらくして――、
ピトッ。

うわわわー、こっ、こら、離れろ! 寝返りをうった彼の汗ばんだ体が、わたしの体に、ごろよんとくっついてきた。暑い、ひー! 押し返せども、この大きくて重いデクノボウは、微動だにしない。

うーむ、「カッとなって、つい殺(や)ってしまいました」ってのは、こういう状況のことをいうのだろうなあ。
  
それからしばらくして――、
ガッターン!
  
四回目のシャワーに起きたオットットが、椅子に蹴つまづいた。
こっ……殺すっ! やーっとのことで眠りかけていたのに、起こしやがってぇぇぇ! あんたは断続的にでも眠っているからいいよ、だけど、あたしゃ、ベッドに入って五時間、一睡もしてないんだかんね。
  
『異邦人』のムルソーが、「太陽がまぶしかったから」という理由で人を殺したなら、「熱帯夜だったから」という理由も、立派に不条理だぞ。

クッソー、ツネリ殺してやる。奴は椅子につまづいて、いやというほど、向う脛を打ったという。ならば、その打ったところの皮を、爪の先でチメチメして、ツネリ殺してやるわっ。


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時計は、朝の四時を指していた。このころからやっと、外気温が下がるにつれて、部屋の温度も下がってきた。ようやく人心地ついて、どれくらい眠っただろうか。

「ホーイ、朝ごはんの時間だよー♪」
という脳天気な声で、揺り起こされた。
  
この男は何があろうとも、核戦争だろうがハルマゲドンだろうが、三度のメシを、いつもの時間にキチンと食べる習慣を崩さない、何が何でも三食男なのだ。

んもー、朝メシなんかどうでもええわい、それよりも、眠らせてくれええええー!
  
無理矢理起こされて、階下に降りた。フロントにいたギョロ目息子に、食堂はどこかと聞くと、なにを寝ぼけているのかという顔でこっちを見て、「朝食はない、カフェで食べろ」といった。

熱帯夜にノー・ブレックファーストだとォ? 結構なサービスやのう、ワレェ、とヤクザのように絡みたくなる。きのうから、あたしゃ、すこぶる機嫌が悪いのだ。
  
ホテルを出て、カフェに入った。もりもり朝食を食べて蘇る三食男とはうらはらに、寝不足で頭痛ガンガンのわたしは、へたりっぱなし。

この日も、セビリアの空はあくまでも青く、太陽はカッと照りつけた。朝から容赦なく気温が上がり、またもやクーラーなしの炎熱地獄が……。
  
まあ、それでもネ、今となっては、あの地獄の熱帯夜は、セビリアの懐かしい思い出……、んなことあるかいっ! 今思い出しても腹が立つううう!
    

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