セビリヤ  (1)

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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セビリヤ  (1)

【忘れえぬ一夜 Part 1】  
  
夫と過ごした、一生忘れられない夜――
ああ、思い出すはスペインのアンダルシア。
ブーゲンビア咲き乱れる、セビリアの宵
流れ来るは、フラメンコの調べ 
  
なーんて、安っぽい唄の文句のようなことは、まったくなくて、まあ、聞いてくださいな、あの悪夢の一夜のことを。
  
五年前の九月、わたしたちは、コスタ・デル・ソルのエステポナにある別荘に、滞在していた。いえ、別荘と申しましても、ほんの山小屋ですのよ、プール付きの。おーっほっほっほ。
  
うん、まあ、これがハッタリであることぐらい、すでに読者諸賢はお見通しであろうが、もちろん、うちの別荘じゃない。友人の別荘である。ワハハ、持つべきものは、そう、金持の友である。
  
そのときに、一泊二日でセビリアに行こうじゃないかという話になり、ガイドブックに載っていたホスタル・リヴェロという宿に、電話で予約を入れた。
  
この宿を選んだのは、建物が十八世紀の司教の館だったということで、わたしたちは、歴史的建造物にとても弱い。そして、安い料金にも、とても弱い。

陽気なシスターズが経営しているという情報も加わって、泊まりたい宿ランキングのナンバーワンに決定。
  
朝の九時に、レンタカーでエステポナを出発して、セビリアに着いたのが、午後三時だった。ええっと、予定としては、もっと早く到着するはずだったのだが。

途中で、ナビゲーターが道を間違えて、オリーブ畑を越えて、どんどこ、どんどこ、山奥に入ってしまったという、ほんのちょっとしたハプニングがあって、遅くなってしまったのだ。ん、ナビゲーターってのは、わたしのことなんだけどサ、ダハハ。
  
ようやくセビリヤに着いたら着いたで、こんどは、宿の場所を探すという、難題がある。はじめての町でも、小さな町なら問題はないが、セビリヤのような都会で、切れ目なく続く車の流れに乗り、一方通行の道を避けて、地図を見ながら目的の通りを探すのは、容易じゃない。
  
環状道路を何度もぐるぐる回って、やっと目指す通りに入り、宿を捜しあてた。それは、建てこんだ街中にある典型的な古い邸宅で、平面図でいえばちょうど「回」という字の形をしている。
  
中心の四角形がパティオと呼ぶ吹き抜けの中庭である。こういった家の入り口には、たいてい黒いレースのような鉄細工の扉があり、その扉を透かして、花を植えた美しいパティオが見えるようになっている。
  
暗い玄関に入ると、フロントがあった。といっても、一メートルほどの小さなカウンターがあるだけ。誰もいない。パティオには、籐椅子が破れたまま放置されている。なーんか、おっそろしくやる気のなさそうな宿だ。
    
何度かベルを鳴らすと、眠そうな顔の中年男が出てきた。あっ、シエスタでお昼寝中でしたか、すいません。って、わたしらは客だぞ。予約を確認して、中年男が何やら奥の暗がりに向かって叫ぶと、こんどは、黒装束の婆さんが出てきた。
  
ギョロリとした目のあたりが中年男と似ているから、きっと親子だろう。それよりも、陽気なシスターズはどうした。肝っ玉母さん的姉妹が、テキパキと宿を切り盛りする、スペイン版細腕繁盛記を期待していたのに。
  
婆さんが、「部屋に案内するから、ついて来い」みたいな身振りをした。それにしても、このふたりの、まあ無愛想なこと。親子でニラメッコとかしてんのか? んで、負けた方がビールおごるとか?

婆さんの後について、暗い階段を上って行く。南国では、太陽の光を遮断することによって、涼を得る。だから昼間は、日の当たる窓の鎧戸を閉めて、暗くする。

湿気の多い日本でこんなことをしたら、蒸し焼きになってしまうが、乾燥した南欧では、それが習慣である。
  
だから、わかるよ、そこんとこは。でも客の足元が見えるように、ほんの数分間、階段の明かりをつけてくれたって、いいじゃないか。それにこの階段には、素晴らしい天使のタイル絵の装飾があるのに、うっすらとしか見えない。
  
そんな電気代もケチる様子に、わたしは、この宿の〈陽気なシスターズ〉時代が終わって、時すでに〈陰気な親子〉時代に突入していることを、悟ったのである。
  
よくあることだ。ガイドグックの情報は嘘ではないだろうが、それが発行された後で、状況がガラリと変ることがある。宿でもレストランでも、経営者が変ればそれまでだ。
  
二階の部屋に案内された。その部屋というのが、婆さんに輪をかけて無愛想な薄暗い部屋で、これじゃまるで、刑務所の独房じゃないか。
  
「どうする? この陰気な部屋」
「ひどいよねえ。どっか他を探す?」
  
英語を解さないのをいいことに、婆さんの目の前で、わたしたちはそんな相談をしたが、結局、一晩だから我慢しようということになった。

他を探すとなると、きょうのうちにカテドラルを見物しておく予定が、オジャンになる。そうでなくても、山奥に入り込んで遅れたんだもの。コラ、夫よ、それをいうなって。しつこい奴っちゃ。
  
街へ出かけようとすると、婆さんが、そうでなくとも偏頭痛持ちのような不機嫌な顔なのに、さらに眉間に縦ジワを入れて、わたしたちを呼びとめた。

二階を指差して、スペイン語で何やら叫ぶ。そのうちでたった一言、「モスキート」という言葉だけが聞き取れた。
  
ほう、スペイン語の「蚊」は英語とおなじなのか。そうか、そうかと感心している場合ではなく、夫の解説によると婆さんは、

「お前ら、窓を開けたまま出て行ってどないすんねん。蚊が入って来るやないか。ちゃんと閉めんかい」
と、セビリヤ弁で言っていたのである。
  
わたしたちは二階に駆け上がって、中庭に向かって開いている、たったひとつの窓を閉めた。そうして、再び街へ出て行くわたしたちの背中に、「夜も窓を開けたらあかんど」とダメ押しの一言を浴びせた。

まったく、ここはホントにホテルかい? 
それとも強制収容所? 

  
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街へ出ると、灼熱の太陽が、カンカンキンキンと照りつけ、あちこちでゆらゆらと陽炎が燃えていた。強烈な反射光が目に痛い。
  
吹き出る汗で、肌がべたべたと気持悪い。椰子の並木道を歩きながら、いったい気温は何度だろうと、道路沿いにある電光表示の標識を見ると、なんと39度。

ひえー、日本でもこんな温度は経験したことがないのに。夫に、見て見て39度だよと指差したとたん、その表示がパパッと変った。
よっ、よんじゅうど! ひーっ!
  
その数字だけでよろけてしまうが、だいたいが、スペインでこんな昼間に外をうろつくアホは、観光客ぐらいのもんだ。地元民はシエスタでお昼寝、もしくは屋内待機だ。

そして、これは異常気象でもなんでもない。セビリヤの夏は、いつもこれくらいは、軽くイッちゃうらしい。
  
この温度になると、アイスクリームというものが食べられない。ああいうネトネトしたものは、見るもいやで、欲しいのはただ一つ、氷水である。
  
またよくしたもので、ちゃーんと、氷水を売る屋台が、道端の木陰にあるんだよな、これが。細かく砕いた氷が、グラスいっぱいに詰まったレモン水。ああ、これこれ。屋台の前のパイプ椅子に、へたばるように座り込んで、あっというまに氷水を飲み干した。
    
さてと、水分補給で持ち直した勢いで、スペイン最大の規模を誇るカテドラルに行った。ゆっくりと見物を終えて出てくると、夕方だった。それでもまだ36度ある。

たまりかねて、セビリヤの最高級ホテル、アルフォンソ十三世に飛び込んだ。ここならホッと一息できるだろう。

ところが信じられないことに、冷房が効いていない。え? クーラー故障してんの? いやいや、それはないだろ、一流ホテルだぞ。
  
素晴らしいイスラム様式の建物といい、中庭といい、豪勢なものだ。中庭をぐるりと囲む天井の高い回廊が、ロビーになっている。ソファの配置もゆったりとして、さすがは五つ星なのに、なぜもっとクーラーを効かせて、冷やさないのだろう。
  
注文したアイスティを、ウエイターが運んできた。それを見て、またまたビックリ。アイスティに、氷が入ってない。ぬるい。

おいおい、イツツボシだか、ウメボシだか知らんが、そりゃないだろ。もー、シエスタ終った時間じゃないか。こらぁ、目を覚ませ。やる気出せよ、やる気。
  
これなら、フランスの田舎にもある、ファンティ(缶入りのアイスティ)の方がずっとマシじゃないかと憤ると、オットットは、「せっかく高級ホテルに連れてきてやっても、文句ばっかりいう」と逆ギレする。


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涼むという目的が、てんで意味をなさない高級ホテルを出て、カルメンが働いていたという(ホンマか? いや、もちろんウソなんだけど)煙草工場の、やけに立派な建物を見て、それから夕食を摂ることにした。

それにしても、うー、暑い、たまらんぜよ。なんせ、40度だったもんなあ。レストランは、冷房のあるところでないとヤダよ、あたしゃ。
  
入口に「冷房中」と英語で書かれたサインのあるレストランを探して、入った。ところが、またもや生ぬる〜いのだ。日本のように、一歩入ったらひんやり、ふーっ、やれやれ生き返ったよ、てなことがない。
  
……そうか、あの五つ星ホテルのクーラーは、故障してたわけじゃないんだ。この温度を、スペインでは「冷房」と呼ぶのだ。

この熱暑でも、クーラーのない飲食店は数多あるのだし、みんな通りに張り出したテーブルで、外気の中で食事をしている。クーラーのない時代の日本人がそうだったように、夏は暑いものとして、彼らは受け入れているのだ。

そして、一日の一番暑い時間帯を、シエスタで過ごし、涼しくなった夕方から、店やオフィスをオープンする。テクノロジーに頼らずに、活動時間をずらすことで、暑さを克服しているのだ。
  
食事のあと、夕涼みがてら、川辺りを散歩した。この時刻になると、わらわらと人が出てきて、川辺はそぞろ歩きでにぎわった。
  
歩きながらも、思うことはひとつ。あーあ、あの窓を閉めた独房に帰って寝るのかあ。しょうがない、一晩の我慢だ。それに日本と違って、スペインは湿気がないから、日本のような熱帯夜にはならないだろう。
  
だって、エステポナの別荘にも、クーラーはないのだし。いや、ないというよりは、いらないのだ。たしかに日中は暑いが、空気が乾いているから、家の中や夜は、ひんやりと涼しい。
  
時刻は、10時半になった。そろそろいいだろう。
わたしたちは収容所に向かって歩いた。
――地獄の一夜が待っているとも知らずに。
  
No.70 2004/7/24
  
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