手作り結婚式 (1)

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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手作り結婚式 (1)

【手作りウェディング Part 1】  
  
それは一本の電話から始まった。
かれこれ七年前の話である。知人のルースが、自分の家にホームステイしている日本人生徒が妊娠したので、とりあえず来てくれという話だった。
  
妊娠だってぇ? 
ったく今の若いモンときたら、もう。語学留学とやらでイギリスに来て、 ろくに勉強もせずに遊び呆けて、あげくの果てにハラボテかい。避妊ぐらいちゃんとしなさいよ、まったく。何考えてんだか、ぶつぶつ、ぶつぶつ……。
  
おばさんはボヤきながら、歩いて十分ほどの距離にあるルース宅に行った。紹介されたのは小柄で可愛らしいNちゃん。高校生か、下手をすると中学生に見える。

よくよく話を聞くと、わたしが想像していたのとは、かなり違う。彼女は二十二歳で、産科の看護婦さんというから、妊娠などという女体の神秘方面の知識は、わたしなんぞよりはるかにエキスパートである。
 
そのエキスパートが避妊に失敗たことに気づいたのが、イギリスに来てまもなくのこと。相手は日本にいるボーイフレンドで、いずれは結婚するという、家族公認の仲だという。

彼女は看護婦を辞めて、六月から八月までの三ヶ月の語学留学を計画して、やって来た。
  
海外で暮らすということ、言葉がわからないということが、特に日本人にとって、どれだけのストレスをもたらすか、これはどんなに言葉をつくそうとも、経験してみないことには理解できないと思う。
  
イギリスにあこがれて、英語がやりたくて、希望に胸をふくらませてやってくる。ところが、登校第一日目から、泣いてくる人がいる。言葉がわからない衝撃で、パニックになる。

一ヶ月の予定をキャンセルして、一週間で逃げ帰る人もいる。完治していたはずの持病がストレスで再発して、急遽帰国した人もいる。
  
うっそー、好きでイギリスに行ったのに、まさかァと思うでしょう? ホントなんです。わたしはこれまでに、何人もの女性たちの嗚咽を聞き、頬を伝う涙を見てきた。程度の差こそあれ、イギリス留学中に一度も泣かなかった人のほうが珍しい(男性は別だが)。
  
体調が正常でも、これだけのストレスを受け止めねばならないのに、それが妊娠となるとどうなるか――。

これはもう、地雷原の上で暮らすようなものである。わずかな刺激で、ドッカーンと爆発する。その年の夏は、ドッカーンと一発あるたびに、わたしがあたふたとルース宅に駆け込む図が、パターンとして定着した。

  
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火急の問題は、つわりだった。とにかく、油を使ったものは、匂いを嗅いだだけ でむかつくというので、何を食べさせたらよいやら困りはてて、ルースはわ たしを呼んだのだ。

ルースは日本へ帰るべきだというが、Nちゃんは、せっかく来たのだから予定通り八月の下旬まで滞在するという。そして産む、中絶するつもりはないと、すでにはっきりと決めていた。
  
Nちゃんが和食なら食べれるというので、わたしの手持ちの日本食品を提供したり、ここで手に入る食品をルースに紹介した。ところが、しばらくすると、またドッカーン。
  
わたしが勝手口から入って行くと、ルースは渋い顔をしている。
「せっかく和食をつくってやったのに食べないのよ」
Nちゃんの様子を見に行くと、冷めきったヌードルの皿を前にして、泣いていた。

うわ、何これ。激マズなのは、見ただけでわかる。くたくたに煮て、のびるだけのびきった麺。ルースのいう〈和食〉とは、中国産のインスタントラーメンをゆでただけ、薬味も具もない素ラーメンだった。

生まれてこのかた、ラーメンなどつくったことのない人がつくるのだから、まあ、しゃーないか。それにしても、だ。お腹の赤ちゃんのためにも、こんなものを食べていてはいかんよ。

まずは、怒っているルースをなだめ、自分の食べるものを自分でつくれば、迷惑をかけることもないというNちゃんの意向を入れ、キッチンを使わせてもらうように交渉した。

なーんだ、そういうことなの。オッケー、オッケー。ノー・プロブレム。
ルースは、気持よく賛成してくれた。
  
ところが、それからしばらくして、またまたドッカーン。ルースの大きな家には、小、中学生の三人の子供の他に、三人のホームステイの生徒がいる。あわせて八人の大所帯である。

しかも彼女は、週に何度か、夜間のパートタイマーの仕事を持っているという、超多忙なスーパー母ちゃんなのだ。
  
実際にやってみてわかったのだろう、毎日八人分の食事をつくる忙しいキッチンに、Nちゃんが割り込むのは、ノー・プロブレムどころか、はっきりいって邪魔っけ、迷惑だということが。

それに加えて、言葉がわからないために生じる誤解が誤解を産んで、ルースの忍耐も、ついに限界に達してきた。
  
このころ、可哀想に、Nちゃんはよく泣いた。それでも、泣いたあとはケロリとして、「妊婦は感情が昂ぶっているから、すぐ泣くんです」とエバっていたので、その明るさが救いだった。
  
またまた女三人で顔をつき合わせての、三者会談。で、わたしが提案した。んじゃ、こうしましょ。Nちゃんは、いつでも好きなときに来て、うちのキッチンを使いなさい。で、うちで自分の食事をしたら、まっすぐルースの家に帰る。これならいいでしょ?
  
オー、グッドアイデア、オッケー、オッケー。
わたしは、Nちゃんにわが家の合鍵を渡した。
ふーっ、やれやれ、これで一件落着。


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次の日から、Nちゃんは学校が終ると、わが家に寄って宿題をしたり、お茶を飲んだり、それから自分で夕食をつくったり。そして、わたしたちといっしょに食事をして、ステイ先に帰って行くのが日課となった。夫婦ふたりきりのわが家に、娘のような女の子の闖入は楽しいものだった。
  
妊娠しちゃったし、つわりだし、これから子育て街道まっしぐら。あーあ、なーんか英語ばかりもやってらンないわー、ってんで、英語に対する興味も薄れてしまったこの妊娠娘は、学校の宿題をわたしに押しつける、チャッカリ娘である。
  
しょーがねーなー、まったく。わたしがブチブチ文句をいいながら宿題をやっていると、「妙子さん、少し休んだら?」とお茶をいれてくれる。んもう、どっちが生徒なんだかっ。
  
庭のテーブルで、午後のお茶を飲みながら、わたしたちはよく話をした。産婦人科の看護婦の楽屋話を聞くのは、わたしの知らない世界だけに、なかなか面白かった。看護婦の経験を通して、Nちゃんは、自分が出産するときに気をつけることが、二つあるという。
  
教訓その一。
病院に来る妊婦さんで、やたら悩ましいエッチな下着をつけている女性がいて、今日はどんなパンツだったと、医師たちもいっしょになって噂したそうな。

そして病院中が、「ああ、あの奥さんね」で話が通じていたが、知らぬは本人だけ。だから病院に行く時は、普通のパンツをつけて行くべし。
  
教訓その二。
検診にしろ、出産にしろ、あの恰好ですっぽんぽんになって足を広げると、哀しいかな、いやでも肛門が露出する。

そのとき、お尻の穴にトイレットペーパーのかけらをつけている妊婦さんが、ときどきいるそうである。問題は、本人がまーったくそれに気づいていないこと。これから出産しようというお方、くれぐれも、お尻の穴にはご注意を。


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ルースが、自分の友人の女医さんに頼んでくれて、Nちゃんを診てもらった。母子とも順調のようで、まずは安心である。

毎日、「ただいまあ」とわが家に帰ってくるNちゃんは、そのうち、日本の自分の家族のことなども話してくれるようになった。それで、なぜ彼女に中絶という選択肢が最初からなかったのかが、見えてきた。
  
彼女自身、中絶されかけた子だったのだ。不思議な話だが、胎児は本能的にそのことを察すると、彼女はいう。

幼い頃から、わかっていた。小学生のときに、「お母さんは、わたしを殺そうとした」、「わたしが死ねばいいと思っているんでしょう」といって、母親を驚愕させたという。
  
長じてから、母親がNちゃんを中絶するつもりだった事実を、知った。母親にも故あってのことだろうが、母親に愛されていないと思って育ったNちゃんの苦しみは、今も重く影を曳(ひ)いている。

だから、絶対に中絶なんかできない。それに、あたし子供大好きだし。
子供、いっぱい、いっぱい産むんだ――。
  
七月に入った。
しばらく平静を装っていた地雷が、またもやドッカーンと炸裂した。
今度のは、Nちゃんにとっては華やかなる打ち上げ花火だが、ルースとわたしにとっては、「オーマイガーッ!」の爆弾だった。


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