和食

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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イギリス生活よもやま話【ブログ】

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和食

【期限切れお食事会】  
 
やっとイギリスにも、初夏らしきものがやってきた。わたしが丹精こめて種から育てた、ペチュニアのベイビーたちが大きくなったので、庭の花壇に植えかえた。

百本近い苗を植えるのは、かなりの労力を要する。ガーデニングはじつに、ああ、腰がイテェ。テラスに腰掛けてひと休みしていると、電話が鳴った。

あわてて家のなかに駆け込み、軍手をはずして受話器を取ると、同じ町に住むS子さんからだった。蕎麦があるから、明日食べにこないかという。

おっ、蕎麦か、いいねえ。ひっさしぶりッ。
蕎麦もうどんも、もう長いこと食べていない。

ロンドンなどの都会なら、日本の食料品は不自由なく手に入るが、ここマーゲイトのような田舎町では、そうはいかない。カンタベリーはここよりは大きな町だが、それでも手に入る日本食品は知れている。
  
あんパンひとつ、買えないのだ。だから、たまにそんな珍しいものが手に入ると、たとえそれが三日ぐらい賞味期限をすぎていても、その日付を見なかったことにして、食べる。

今食べておかないと、あんパンというものがこの次いつ食べられるか、わからない。この地に暮らすわたしたちは、そんな刹那的食生活を送っているのだ。とほほ。
  
悲しいことに、外国で暮らすと、和食に対するスタンダードがどんどん下がっていく。そして、どんどん意地汚くなっていく。

日本では「こんなもん食えるかっ」と一蹴してしまうようなものまで、わたしたちは「珍しいものを、なんとまあ、もったいない」と押しいただく。

うっかり床に落とそうものなら、ササッと拾い上げて、洗って食べる。洗えない場合はフッフッと吹いてゴミを飛ばして、パクッ。(なーに、死にゃしないって)
  
次の日、S子さん宅に、おなじ町に住む四人のミセスたちが集まった。いずれもイギリス人の夫を持つ日本女性である。わたしたちは月に一度か二度、集まって愚痴を言いあい、外国暮らしのストレスを解消する。
  
最初はクッキーを焼いたりしてのお茶会だったのが、いつのまにやら、みんなが恋こがれる和食を昼にいっしょに食べるようになった。お食事会といっても、日本とくらべると、メニューは本当にお恥ずかしい。
  
ここで手に入るものだけで、あるいは日本から送ってもらった材料を使ってできるのはラーメン、うどん、お好み焼、寿司ぐらいで、バラエティは極端に乏しい。それでも、材料不足のために完璧なものはできない。ま、「和食もどき」とでもいおうか。
  
この前みんなでラーメンを食べたときも、イギリスのインスタント麺(日本のようにおいしくない)に具はもやし、ゆで卵、タケノコだった。

タケノコというのは、S子さんがてっきりシナチクだと思って買った缶詰が、ただのタケノコの水煮だったので、ラーメンをゆでる横で、大急ぎで適当に味をつけて煮たというシロモノ。
  
それでも、日本人同士で食べる和食もどきは、ああ、なぜあんなにもおいしいのだろう。不思議でならない。

日本のものにはとても及ばない粗末な材料で、インスタントのものなのに、日本語をしゃべりながら食べるそれは、イギリス人の夫と食べる和食より格段においしいのだ。

    
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「このお蕎麦ねえ、本当は期限切れなの」
S子さんが、乾麺の帯封を切りながら、すまなさそうにいう。
「いつが期限?」
「三ヶ月前」
「大丈夫よ、乾物だし。どってことないって」
「平気、平気。食べる、食べる」
  
賞味期限が切れて三ヶ月たったものを客に出すなんて、日本ではとんでもない話だろうが、わたしたちの間では、期限切れオッケーというのがほとんど常識となっていることが、ちと恐い。

わたしたちはみんな、経験済みなのだ。大切にしまっておいて、賞味期限が過ぎてしまった。それでも捨てられない。期限の過ぎたものを、後生大事にとっておいて、ちびりちびりと出して食べている。
  
「日本茶がねえ、古いのよ。どうしょう」
「でも、捨てられないんでしょ?」
「うん……」
「じゃ、飲もうよ。かまわないから淹れて」
「この前、戸棚を整理してたら、期限が1999年のが出てきたの。さすがにそれは捨てたけどね」
身に覚えがあるものだから、みんなが苦笑いする。
  
日本から、小包で食品が届く。うれしくて、封を開けてすぐに食べる。が、一度に食べてはもったいないので、残しておく。そして、それを自分だけで食べては申し訳ない、和食を恋しがっている日本人の友達と、いっしょに分けあって食べたいと思う。

ところが、電話をしあって、みんなが都合良く集まる日が決まったころには、賞味期限が過ぎてしまった、なんてこともよくある。お茶などはすぐに使い切るものではないし、普段、イギリス人に出すものは紅茶やコーヒーなので、緑茶の出番は少ない。

また、日本からのお土産に、上等の玉露などをいただいても、自分でつくらない限り和菓子がないのだから、これまた出番がない。だから戸棚の奥にしまって、忘れてしまう。そうしているうちに賞味期限は切れ、香りも飛んでしまう。
  
それでも捨てられない。
なぜ?
だって、こんどいつそれが手に入るかわからないから。そして、それほど貴重な食べ物を捨てることに、忸怩(じくじ)たるものを感じるから。

  
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海外に暮らす娘に、定期的に小包を送ってくれる親は、わたしのまわりでは、案外と少ない。

それは、おそらく、これまでどのような親子関係を築いてきたか、に拠るのだろう。さまざまな家庭がある。親と子が親密な家族もいるが、疎遠な親子も多いことに気づく。
  
姉妹、兄弟が向き合わず、ばらばらの家族もいる。遠く離れて、いっそう心の通わぬ母と娘の姿もある。そして小包といえども、送料が中身の値段の倍以上もかかる航空便。頻繁に届くことは、ほとんどない。
  
「うちは、親に頼めば送ってくれるけど、頼まなければ何も送ってこない」
「うちは、親は送ってくれないけど、妹が送ってくれる」
「うちは、親も兄妹も送ってくれないけど、友達が送ってくれる」
  
「へえ、いいね。わたし、そんな友達、いない」
「わたしもいない。そうかー、日本でどんな友達づきあいをしていたか、こういうところに出てくるんだねえ」
  
家族関係、友達関係、自分がどのようなかかわり方をしてきたか、過去の片鱗をつきつけられて、その切っ先がチクリと胸を刺す。
  
こちらから何々を送ってくれと頼むときは、まず送料のことを考えて、重い物は避ける。わたしが粉末のつもりでこしあんを頼んだら、父は重い練りあんを送ってくれた。

その練りあんに、わずかな乾物を添えただけで、送料は六千円を超えていた。そんな負担をかけるつもりはなかったのに……。
  
「そう、うちの親もそうなのよ。わたしが送料のことを考えて、軽いものを頼んでいるのに、お米とか缶詰とか送ってくるんだもの」

子の心親に通じず、親の心子に通じず。行き違いに、溜息が出る。航空料金を含んだこんな高価な食品を、少々賞味期限が切れたからとて、どうして捨てられよう。

    
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お蕎麦のつゆを作っていると、S子さんの近所に住むひとりが、揚げたての天ぷらを持ってきてくれた。小さなエビ(日本のような車エビはなかなか手に入らない)と、ナスと、野菜のかき揚げ。

その天ぷら粉は、わたしが日本から送ってもらい、半分をおすそわけしたものだ。送ってもらったのがずいぶん前だから、トホホ、これも期限切れかもネ。だしの素を提供してくれたひとりは、「これは期限切れじゃないわよ」と、威張っていう。

わたしが持って行ったのは、デザートのあんみつ。あんこは缶詰。寒天は、ロンドンに行ったときに買ってきたもの。二本ワンパックのうち一本を、この前水羊羹を作ったときに使い、残りの一本を、今回のあんみつのために使った。あはは、この寒天もたぶん期限切れ。だってロンドンに行ったの、去年だもの。
  
なにも無理してそんなものを食べなくても、イギリスのものを食べればいいじゃないか――。
と思われるお方は、いかにわたしたちの体と精神が自国の食べ物に直結しているかを、おそらく、ご存じないのだ。
  
たとえば、病気で寝込んだときのことを、思い出してみてほしい。病気というストレス下にあるときに欲しいのは、おかゆに梅干であって、ピザやハンバーガーではないはずだ。海外旅行で外国の食事が続いたあとは、さっぱりとした和食が恋しくなるのが、普通だろう。
  
違う言葉と違うコンセプトで暮らさなければならない外国生活が、相当なストレスをともなうものであることは、『日本人の海外不適応』(稲村博著)などで検証済みである。  

丼もなければ、手塩皿もない。適当に、まにあわせの洋食器をならべたテーブルで、香りや風味の抜けた粗末な食事である。それでも、わたしたちにとって、期限切れお食事会は、かけがえのない癒しの時なのだ。

No.63 2004/6/5

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