刺青

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

profile-01.jpg

Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

運営サイト

ブログもアップしています。
イギリス生活よもやま話【ブログ】

1日1回のいいこと。クイズに答えてクリック募金しませんか? あなたには、一切お金はかかりません。

Sponsored Link

刺青

【タトゥー】
    
なんだ、こりゃ――。
朝食のグレープフルーツを食べながら、新聞を開くと、眼に飛び込んできたのが、タコ入道の写真。後ろからのショットで、首とスキンヘッドに近い坊主頭のクロースアップが、かなり大きく載っている。そのうなじには、刺青がある。
  
いったい誰やねん、このタコ坊主は。
活字を追うと、あーあ、またベカム(英語では、ベッカムじゃなくて、ベカムと発音します)。あんた、こんなことしちゃって、もう、よしなさいよ、えーかげん。
  
レアル・マドリッドに籍を置く、超人気サッカー選手のデイヴィッド・ベカムは、体のあちこちに、八つの刺青をしているそうな。それがこのたび、うなじに九つめの刺青をしたというのが、ニュースになっているのだ。
  
先の不倫騒動の後、しきりと噂になっていたベカムの、イングランド復帰の話がお流れになった。そして、彼は、引き続きマドリッドに在籍、ヴィクトリア夫人は子供を連れてマドリッドに移住すると発表された、すぐ翌日の、この報道である。
    
図柄は有翼の十字架。うなじの中央に十字架を置き、その中心から左右に向かって首全体、耳の近くまで翼が伸びている。

これを彫ったマンチェスターの彫師は、将来のことも考慮して、こんな、人の眼につくところに彫るのは、やめたほうがよいのではないかとたしなめたが、ベカムは聞かなかったらしい。
  
新聞の記事は、「そんなもんちらつかせて、恐いお兄さんのイメージで、ユーロ2004の対戦チームをびびらせようってのかい? それとも、レベッカ・ルース(ベカムの不倫相手)について聞きたがる奴を黙らせようってかい?」と、完全におちょくって(からかって)いる。
  
恐いお兄さんといっても、イギリスの刺青は、日本のその筋の方々のものほどの威力はない。わたしは、カンタベリーの郵便局で、両腕に刺青をした局員から切手を買ったことがあるし、芸能人や普通の若い男女が、おしゃれのつもりでやっている。ただ、社会的には刺青は労働者階級のものとみなされている。
  
マーゲイトのような田舎町にも、駅の近くの通りに、刺青屋がある。タトゥーショップとかタトゥースタジオとかいわれる店だが、日本の刺青のイメージとは違って、なんだかやたら明るい。

表はガラス張りで店内が丸見えなので、わたしは前を通るたびに、チラと覗いてみる。たいてい、店はガラガラで、スキンヘッドのおっさんが、暇そうに奥のカウンターでテレビを見たりしている。店の壁という壁すべてにサンプルが貼ってあり、これが刺青の絵柄で、カタログというわけだ。
  
サンプルは、バラの花、ハートに矢、女のヌード、しゃれこうべなどのワンポイント柄ばかり。日本の武者絵のような伝統がないのだから、やむをえず、そうなってしまうのだろう。

わたしが西洋の刺青に感心しないのは、美しい仕上がりのものを、あまり見たことがないからだ。いくらサンプルできれいな線が描かれていても、それをどれだけ正確に肌に彫るかは、彫師の技量である。しかも、刺青はやり直しがきかない。

線をまちがえても、消しゴムでゴシゴシ消すわけにもいかんし、油絵のようにその部分をナイフで削って修正するわけにもいかん。
  
先日町ですれ違った男の腕の刺青は、10センチほどの大きさのヌードだったが、なにしろ絵はヘタクソだし、線は滲(にじ)んで太いしで、ヘナチョコである。それでもヌードだとわかるだけましだろう。

ひどいのになると、いったい何が彫ってあるのかサッパリわからん、というのもある。日本でこんなもの彫ってごらん、神戸港に彫師の死体があがりまっせ、いや、ホンマ。

  
line-450x16.gif
  
刺青の歴史は古い。太古の昔から、刺青は世界のあちこちで行われていた。それが社会現象として人気を博したのが、日本では18世紀から19世紀にかけての江戸期。

町奴や鳶職人で構成された勇み肌の町火消しが、危険に挑む男たちの侠気、勇気をあらわす印として、志気高揚のために競って彫り物を入れた。
  
特に、全身刺青を流行させたのが、素っ裸に法被一枚、最前線で消火にあたる臥煙(がえん)と呼ばれる火消したちである。水滸伝の英雄豪傑を題材とした武者絵、龍、虎、鯉など、力強さ、激しさ、威勢の良さを象徴するの図柄が、日本の伝統刺青として継承されていった。
  
一方、イギリスの刺青は大航海に端を発する。18世紀に、キャプテン・クックがポリネシアを探検した際に、タヒチの原住民やニュージーランドのマオリ族の刺青を記録し、本国に紹介した。英語のtatoo(刺青)の語源は、ポリネシア語のtattowから来ている。
  
それから約20年後、1789年に、タヒチ沖で戦艦バウンティ号の反乱事件が起こる。映画「バウンティ愛と反乱の航海」で知られる、有名な戦艦乗っ取り事件である。

その反徒25人のうちの21人が、タヒチで刺青をしていたという記録が残っている。おそらく、これが、イギリスの船乗りのあいだに刺青が流行した、走りだろう。
  
イギリスでは、王室のメンバーが軍人になることはよくあることだが、1881年頃にイギリス海軍の戦艦が日本の横浜に寄航した際に、二人の英国王子が、ホリチョウ(彫潮?)という彫師に刺青をしてもらったといわれている。
  
しかし公式記録としては、エルサレムでの施術が載っているので、体の数ヶ所に彫っていたと思われる。このうちの一人は、のちにジョージ五世として王位に就いている。

こうして上流階級にまで波及した刺青が、1891年に電動の刺青マシンが発明されて、さらに広く市井に浸透していった。
    

line-450x16.gif
  
このように、歴史的背景からして、日本とイギリスの刺青はかなり違うのだが、日本の〈和彫り〉にくらべて、イギリスのタトゥーは、こういっちゃあナンですが、どうしてあんなに、ちゃちに見えるんでしょう。
  
たとえば、デイヴィッド・ベカムの腕の刺青は、中華料理店のメニューに描いてあった竜の模様をコピーしたものだそうだから、笑っちゃう。

そして、今回のうなじの十字架は、アールヌーボーの画家アルフォンス・ミュシャの絵から取ったという。ミュシャの絵ってのは、チョコレートやビスケットの箱に、よく使われているんだけどネ。
  
たとえばですよ、日本で恐いお兄さんが、彫師のところへ行って、いつも組の事務所にラーメンの出前を頼む〈陳々軒〉の箸袋を出して、「おう、これを彫ってくれや」って、いうか? いわんだろ?

それほどにイギリスの刺青は、まあ、日本人のわたしから見ればお粗末、低俗、日本とは格が違う、格が、そんなみっともないもん、ようやるわ、なのである。
  
個人的には、わたしは、刺青はダメ、ダメ、ダメ。生理的に、受け付けない。だって、彫るの、痛そうだもん。

誰だったか、有名な作家だが、もし拷問されて指の爪の間に爪楊枝を差し込まれたりなんかしたら、それだけでもう、すぐに白状してしまうと書いていたが、わたしもまったくそのクチである。なにしろ、歯医者に行くのでさえ、びびりまくる根性なしだもの。
  
それでも、刺青を一つの文化、意匠として見た場合、日本の刺青はアートであり、西洋のそれは児戯に等しい。
  
先日観た映画『座頭市』のラストで、市が、やくざの親分を斬りつける。着物の背が割れて、そこに、のたうつ蛇の鱗がのぞく。ちょっとドキっとする場面だ。思わず、その着物を破って、もっと見たいという衝動に駆られた。

だから、わたしはあの映画でイギリス人に、日本の刺青の美しさを観賞して欲しかったのだけれど、うーん、わかってくれたかなあ……。
  
というわけで――、
ベカムさんよォ、あんたもイングランドの主将なら、そんなしみったれたタトゥーをチマチマとあちこちに入れずに、ネ、腐るほど金があるんだから、ジェット機をハイヤーして、日本の彫師のところへ通っておいで。

そんで、龍でも虎でも、どおおーんと背中に背負(しょ)ったらどうよ。
  
「九紋龍史進」、いいねえ。「滝夜叉姫」、よござんすねえ。遠山の金さんの桜吹雪、お竜さんの緋牡丹、おっと忘れちゃいけない健さんの唐獅子牡丹。おなじやるならこうでなくっちゃ。

ベカムの兄さんも、そういう立派なものを背中に背負ってごらんな。
根性すわるぞ。

No.62 2004/5/29

 次のエッセイへ
 トップページへ
Sponsored Link
<<座頭市|和食>>

検索

カスタム検索

サブコンテンツ

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。