座頭市

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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座頭市

【たけしの座頭市】

北野武監督の作品は、イギリスのマスコミでも、ときどき取り上げられている。新聞に『座頭市』のレヴューが載っていて、それに星が四つついて〈超おすすめ〉となっていたので、わざわざカンタベリーまで観に行った。
 
なにしろ、イギリスの一般の映画館でやるのは、ほとんど自国のものかハリウッド製なので、マーゲイトのような田舎町では、観ることはできない。

カンタベリーにしても、それをやっていたのは、ケント大学のキャンパスにある、小さなシネマだった。ケント大学には、日本人の留学生が多いせいか、観客の三分の一くらいが日本人だったように思う。

日本文化を知らない外国人と一緒に、時代劇を観るとき、わたしは、和食を食べたことのないイギリス人とテーブルを共にするときのような、ちょっとした居心地の悪さを感じる。
  
というのは、彼らは、わたしたち日本人がイギリスを知らないよりはるかに、日本を知らないからだ。だから、わたしは、時代劇を見てイギリス人がどう思うか、気になってしょうがない。
  
たとえば彼らは、侍のヘアスタイルからして、不思議がる。月代(さかやき)を見て、昔の日本人は皆あんなに禿げていたのか? ちょんまげを見て、なぜ頭にピストルを乗っけているんだ? などと思うらしい。

そして、女性の着物姿のおたいこを見て、なぜ背中にクッションを背負っているのか、と訊かれたこともある。
  
ずいぶん前だが、夫が日本に来たときに、わたしは京都を案内した。お決まりのガイジンさんご案内コースで、昼間は金閣寺や龍安寺、そして夜は観光バスツアーで、舞妓さんやら花魁道中を見に行った。
  
安くもない料金を払って、せっかく連れて行ってやったのに、祇園の舞妓を見てオットットは、「グロテスク」だという。だいたいが彼は、女の厚化粧が嫌いなので、白塗りが気持悪いだの、不自然だの、面をかぶっているようだの、文句たらたら。
  
そして、舞妓さんの踊りは「突っ立ってるだけ」とヌカす。まあ、たしかに観光客向けの祇園小唄は、あれなら一曲終るうちにわたしでさえも踊りを覚えてしまったぞ、というくらい、きわめて単純な振りの繰り返しだった。夫が退屈したのも、無理はない。
  
それにくらべて、洋舞の古典であるクラシックバレエ、あれは飛んだり跳ねたり、あげくのはてに、パンツを見せて大股開き。

しかも、わたしのような素人の目には、修練の大半は、いかに股を大きく開くかということに終結するように、思える。
  
こういった動きのあるもの、またはステップを踏むものが踊りである、というコンセプトを持つイギリス人が、日本舞踊を見て「ただ突っ立って、手をくねくねしているだけ、いったい何やねんあれは」と思ってしまうのも、いたしかたないだろう。
  
『座頭市』は、ヴェネツイア映画祭で、いくつかの賞を取っている。ラスト近くの祭りの場面で、ダイナミックな太鼓のリズムで、下駄ばきのタップダンスのかなり長いシーンがあるが、これは西洋人にアピールすることを意識してのことだろうかと、チラと思った。
  
だから、橘大五郎扮する芸者が、チントンシャンと踊りを披露する場面で、あーあ、イギリス人は「じっとして何やってるんだろ」と退屈してるんだろうなあと、よけいなことを思ってしまう。
  
そもそも、この大五郎姐さん、美人の芸者として登場するのだが、なにしろ白塗りに強烈なアイライン。オットットなんぞにとっては、グロテスクなだけ。あーあ、イギリス人は「あれでベッピンなのか?」と思いながら、見ているんだろうなあ。
  
殺陣の場面では、すぐに障子がはずれて壊れるので、あーあ、イギリス人は「日本人は、すぐに壊れる壁の家に住んでいるのだな」と思いながら、見ているんだろうなあ。
  
と、このように、つい、あーあ、イギリス人は……と思いながら見てしまうので、半分しか楽しめない。やっぱり邦画は和食と同様、日本人同士で楽しむほうがいいや。

  
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座頭市の背後から、やくざが斬りつけて来る。市が前を向いたままで、それを刺す。すると笑いが起こる。 もう、だーから嫌なんだ、イギリス人と邦画を見るのは。だって彼らは可笑しくないところで笑うんだもん。
  
シネマの入口に、A4の紙にプリントした英文の解説があったが、それには、まず初っぱなに、こんなことが書かれていた。

「盲目の剣士というコンセプトを受け入れるのは、難しい。それは、片足の水泳選手がオリンピックで金メダルを獲るようなもので、々……」
  
あの耳障りな笑いは、この不信からくる笑いである。わはは、そりゃないだろ、いくらなんでも。という、嘲りの混じった笑いなのだ。
  
実際に、背後に人の気配を感じれば、ましてや盲目ゆえにいっそう研ぎ澄まされた感覚を持つ剣士なら、そう難しいことではなかろうと、わたしたち日本人は想像する。

わたしは剣術について、なにひとつ知らないけれど、それでも剣士が修練を積むことによって、勘が研ぎすまされ、精神的行動原理を掌握し、相手の動き、あるいは、気を読み取る達人の域にまで、到達することができるのだろうと、推察する。
  
このような理解のもとに、日本人は、盲目の剣士という絵空事を、かなりリアルな感覚を持って、見ることができる。だから笑いはしない。
  
  
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わたしはいつも思うのだが、どうもイギリス人は日本人にくらべて、感覚が鈍いんじゃないか。あ、いやいや、これはとんでもなく失礼な暴言なので、大きな声では言えないので、小さな声で言わせてもらうが、イギリス人を夫に持つ日本人女性に聞くと、まあ、たいてい似たような意見が返ってくるので、鈍いのは、わが亭主だけではなさそうだ。
  
自慢じゃないが、うちのオットットのまあ、鈍いこと、鈍いこと。
彼は、気配というものを、感じないらしいのだ。

たとえば、キッチンでふたりで食事のかたづけをしていて、夫が流しで洗い物をする。わたしは、彼のすぐ後ろにある冷蔵庫の扉を開けて、残り物を片づけている。わたしと彼の背中との距離は、二十センチもない。
  
他に洗い物はないかなと、ふりむきざまに、肘でゴンっとやられる。
「ちょっとっ! 痛いやないのっ、何すんねん、もうっ」
「そこにいるって知らなかったもん」
「知らなかったって、あんた、人がすぐ後ろにいるのに、気づかないの?」
 
「後ろに眼がついているわけじゃなし。きみが後ろにいるなんて、わかるわけないじゃないか」
「わたしなら、自分のすぐ後ろに人が来たら感じるよ、見えなくても。それに、冷蔵庫を開ける音でもわかるし」
「そんな音なんか、聞こえるわけないだろ、蛇口から水が出てるんだし」
「どうしてそんなに鈍いんだろ」
「鈍いんじゃないよ。見えないものはしょうがないだろ」
  
この調子で、わたしは何度ブン殴られたかわからない。そのだびに「鈍感!」と叫んでやるのだが、本人はいっこうに応えていない。

そしてしまいには、背後に音もなく忍び寄ってきたわたしが悪いことに
なり、ど突いたくせに、謝りもしない。
 
こういった感性の違いが、イギリス人が盲目の座頭市を最強のヒーローとして受け入れることを困難にし、一方、わたしたち日本人が、それをありそうなこととして、すんなり受け入れる素地をつくっているのではないだろうか。
  
   
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映画が終ってホールに出ると、玄関に向かいながら、オットットが奇妙な歩き方をしているのに気がついた。何をやっとんじゃ、キミは。

眼をつむって、杖をついているふりをしてヨタヨタ歩いている。そしてハッと立ち止まって、杖に仕込んだ刀を抜く真似をする。もう、ホント、公衆の面前で、恥ずかしんです、うちの亭主。
  
そして車に乗り込むと、背中がかゆくなったらしく、腕を背にまわして掻きながら一言。
「おー、バクウイチ、バクウイチ」
「Silly man!(アホ!)」
「キャハハ」
――ったく、もう。
  
back(バック、背中)がitchy(イチィ、かゆい)だから、バックイチィでバクウイチ。ザトウイチにかけた洒落である。

オットットは、いつもこういう英語の駄洒落をふりまわし、わたしがうんざりすればするほど喜ぶ。こんなものを、いつも聞かされるわたしの身にもなってほしいよ、まったく。
    
シネマを出ると、晩の八時を過ぎていたが、まだ夕刻の明るさである。マーゲイトに帰る道すがら、オットットは、座頭市はクリント・イーストウッドの西部劇にそっくりだという。

寡黙でやたら強い拳銃使いが、悪党どものはびこる町に、ふらりとやってくる。そして虫けらどもを一掃する。勧善懲悪、アウトローの孤独なヒーロー。永遠のテーマである。
  
久々に日本映画を堪能したが、わたしにとってジェームズ・ボンドはショーン・コネリーであるように、座頭市は、うーん、やっぱり勝新太郎だなあ。

もちろん、ビートたけしの、ストイックな坊さんのような座頭市もいいけれど、あの勝新のアクの強さ、たまりませんな。


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