エロ雑誌

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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エロ雑誌

【女性版エロ雑誌】  
  
おー、これはこれは……。  
自分の部屋の大掃除をしていて出てきた、一冊の古雑誌。じつはこれ、大きな声ではいえないので小さな声でいうが、女性用エロ雑誌なのだ。
  
十年くらい前のことだが、それまではポルノショップでしか販売できなかった女性用のこの手の雑誌、つまり無修正の男性ヌードが載っている雑誌が、普通の書店で販売できるようになったという新聞記事を見て、興味半分で買い求めたものである。
  
もちろん、私は本当はこんなものに興味はないのだが、イギリス女性にアピールするエロティシズムとはどんなものであろうか、はたまたどのようなコンセプトでもって編集されているのかなど、メディアとしてのスタンスを探求するためにわたしは――、

え? 嘘こけ、ホントは裸が見たかったんだろうって? あ、やっぱりバレてたのか。いや、女は男とちがって、裸を見て興奮するわけではないので、ま、どんなんかな〜?、という興味である。
  
いやあ、それにしても懐かしいねえ。ずいぶん前のことなのに、これを買ったときの苦労が、ありありと蘇る。本屋に行って、めざすその雑誌はすぐに見つかった。キョロキョロと、コソ泥のように、そばに人のいないのを確かめて、ぱらぱらとめくってみた。
  
筋肉ムキムキのマッチョマンたちの写真があるけれど、それは上半身のみだったり、ランニングシャツを着ていたりで、オールヌードではない。
おりょ? ヌードはどこだ、ヌードは。
  
しばらく丹念にページを繰って、おお、あった、あった。しかし、男性版エロ雑誌とはかなり様子が違う。

たしかに、ちゃんと股間もモザイクなしで写ってはいるけれど、モデルは有名人でもなければ、オイルがテカテカのボデイビル系でもなく、ごくごく普通の男性で、悩ましげな表情やポーズがまったくない。
  
まるで、おとなりのお兄ちゃんが「シャワー浴びるのに服脱いだら、出ちゃいました、ポロッと。ごめーん」って感じ。
  
日本の風呂屋に行けば、番台の向こうにこんな光景はいくらでもあるだろうし、兄弟のいる女性なら、男のスッポンポン姿を偶然に目にしたことなど、一度や二度、あるだろう。
  
そういう自然さ。服を脱ぐことを、日常生活のワンシーンとして、サラリと、とらえている。だから思ったよりずっと自然で、いやらしくないのである。これは意外だった。
  
こういったヌードは、木炭で描かれた裸体のクロッキーのようなもので、女がこれで欲情することはまずない。

そうでなくても女は、視覚的刺激には男よりはるかに鈍い構造になっているのだから、異性の裸を見たからといって、体内のアドレナリンが急騰したり、下半身に著しい変化が起こったりということは、ないのである。
    
いやらしいといえば、男性ストリップチームのチッペンデールズのカレンダーの方がずっといやらしい。彼らはTバックをつけてはいるが、股間をモッコリ盛り上げて「アヘッ」とのけぞって、いかにもそれらしい挑発的ポーズをとっているのだ。
   
  
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さて、お目当ての雑誌を手にしたものの、問題は、こんなものをどうやってレジに差し出すかだ。
  
表紙はマイケル・ダグラスの顔写真で、別に男の大股開きが載っているわけではないからいいようなものの、そこには牛乳瓶の底のようなメガネをかけた人でも裸眼で読める、めったやたら大きな文字で、キャッチコピーが書かれている。

「安全なセックス」だの、「リチャードついに脱ぐ!」だの、「男をさりげなく誘拐する方法」だの、「堂々二十ページ、ホット・ハンクス写真集」だの。これが非常にまずい。
  
こんなものをレジに持っていけば、耳が引きちぎれないかと心配するくらい重そうなイヤリングをつけた金髪のレジのおばちゃんは、このインパクトの強すぎる活字と、チビで鼻の低い黄色い顔のわたしを交互に見比べて、

「ふん、こいつも白人の男が欲しくてイギリスにやって来たオリエンタルの女か」
と思うかもしれない。いや、思うに決まっている。
  
そして、勝手にあーんなことや、こーんなことを想像するかもしれない。それは困る。そんなことをされた日にゃ、あたしゃもうマーゲートの町を歩けなくなるので、なんとしてもそれは阻止したい。

まあ、百パーセントの回避は無理としても、可能な限り、おばちゃんの目にふれる時間を短縮せにゃならぬ。これは使命である。
  
よし、一緒に料理雑誌を買おう。それなら「わたしはあくまでも料理雑誌を買いに来たんだけど、あーら、これなーに、へーえ、こんなのが出たの。あんまり興味ないんだけど、ま、話の種に買ってみようかしら。ホント、興味はないんだけどねえ」と、思われるだろう。
    
二冊を手にしてレジに行きかけて、ハタと思った。いや、待てよ。こんなの見え見えじゃないか。エロ雑誌を一冊買うのが恥ずかしいから、カモフラージュのためにもう一冊買った、と思われるに決まっている。ヤバイ、ヤバイ。
  
そこでもう一冊、インテリア雑誌を加えた。これなら「わたしはホントに、いつも買ってる(買ってない、買ってない)料理とインテリアの雑誌を買いに来たんだけど、あーら、これなーに、へーえ、こんなのが出たの。あんまり興味ないんだけど、ま、ついでにネ」と思われるはずだ。
  
よーし、よし。これならあくまでも普通の雑誌のついでに買う、メインはあくまでも普通の雑誌、という印象にあくまでもなるはずで、この「あくまでも」が大事なのである。

    
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ところがここで、重大問題が浮上してきた。それは、この三冊の雑誌をどの順で重ねてレジのおばちゃんに差し出すか、というゆゆしき問題である。
  
それには、三つの選択肢がある。まず一つは、堂々と一番上にエロ本を持ってくる。そんな大胆なことができるくらいなら、最初からそれだけ買えばいいじゃないか、というツッコミが聞こえてくるが、いやいや、あんさん、それは読みが甘いっちゅうもんでっせ。わたしの思考は、もっと奥深いのだ。
  
一冊だけなら、これのみをめざしてまっしぐらに、ハアハアとよだれ垂らしてやって来た犬のような印象を与える。あくまでも「エロ本はついで」、という上品な風情があらまほしい。
  
一番上に置くと、レジに持っていった瞬間は、たしかにめちゃくちゃ恥ずかしい。しかし、値段を打ち込んだ後はそれを横に置き、その上に次の雑誌を乗せるはず。

だから恥ずかしいのは最初の数秒間で、この難関さえ突破すれば、あとは袋に入れて渡してもらうまで、安心してゆっくり昆布茶でもすすっていられるのだ。
  
二つめのチョイスは、料理雑誌とインテリア雑誌でエロ本をはさむ、題してサンドイッチ作戦。
  
そして三つめは、エロ本を最後に持ってくる。しかしこれは、安心していられるのは最初だけ、というデメリットがある。

つまり、レジを打ち終わったときにエロ本が一番上にくるから、おばちゃんがそれを目にも止まらぬ早業で袋に入れてくれないかぎり、野ざらし状態になる。そして、おばちゃんが電光石火的作業に移る可能性は、かぎりなくゼロに近い。こりゃ、ボツだ。
   

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残った二つの可能性をシミュレートした結果、二番目の、サンドイッチ作戦という凡夫の策、おそらく誰もがそうするであろう無難な策に、落ち着いた。
  
レジの列に並び、わたしの番がきた。
重ねた三冊を台の上に置いた、そのとき――、
まったく予期せぬことが起こった。
  
あろうことか、おばちゃんは、重ねてあった三冊を、ずらずらーっと横に並べて、レジを打ち始めたのである。
  
うわああああ〜〜!
なっ、なんちゅうことを!
  
――不覚であった。
完全に裏をかかれた。

重ねてあれば、エロ本の表紙が露出するのは一瞬なのに、横にずらずらーっでは三冊ぶんを打ち込む間ずーっと、おばちゃんはおろか、レジに並んでいる客にまで、「安全なセックス」、「リチャードついに脱ぐ!」、「男をさりげなく誘拐する方法」、「堂々二十ページ、ホット・ハンクス写真集」が大公開じゃないか。
  
わーん、なにゆえこういう展開になるんだあ?
そうなのよ。わたしの人生っていつも、なーんか、こういう予期せぬ悪い展開になってしまうのよね。

事前に周到にシミュレートした計画設計は、いつも現実にぶち壊されてしまうのよね。いいもん、いいもん、どうせあたしなんか、うっ、うっ……。
    
レジを打ち終わって、それが袋に収納されるまでの時間の、ああ、なんと長かったこと。その間、わたしの脳裡では、〈中国四千年悠久の時が流れる……〉というナレーションが流れていたのであった。

No.54 2004/3/20

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