ウエイトレス

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

profile-01.jpg

Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

運営サイト

ブログもアップしています。
イギリス生活よもやま話【ブログ】

1日1回のいいこと。クイズに答えてクリック募金しませんか? あなたには、一切お金はかかりません。

Sponsored Link

ウエイトレス

【お下げウエイトレス】

イギリスの暗い、暗い冬。そう、灰色の空がどよーんと重く垂れさがって、陰気で憂鬱な午後。このまえ太陽を見たのは、いつのことだったか……。

こんなときには、なにかスポーツでもやって発散するのが正解だろうが、そぼ降る雨の中をスポーツセンターに通うほど、わたしは体育会系じゃない。
    
となれば、この憂鬱をなんとか忘れるために、わたしの場合、暖炉の前に寝そべって、日本から届いたオカキなんぞをポリポリやりながら本を読む、ぐらいしかない。読む本さえあれば、こんなやりきれない週末の午後も、なんとかしのげるのだ。
  
ところが、こういう暗い午後に読む本というのが、なかなかないんですよねえ。英語の本はかったるいし、不倫だの嫉妬だのと、ドロドロした恋愛小説は辛気臭くてしょうがない。歴史小説もちょっと大層だし、死人ばかり出てくる推理小説もねえ……。
  
軽いのがいい。キャハハと笑えるのがいい。とはいえ、いくらキャハハでも、中身のないのはつまらない。軽くて面白くて、それでいて「ほう、世の中にはそういうこともあるのか、ふむふむ、なるほど」的内容
がいい。
  
原田宗典のエッセイって笑っちゃいますよォと、誰かがいっていたのを思い出して、ロンドンの古本屋で入手した。読んでみると、ホントに笑っちゃいました。そのうちで一番共感したのが、〈お下げウェイトレス〉のお話である。
  
ここに、その冒頭の部分を、ちょっとご紹介しよう。これ、きっとあなたにも経験があるはず。
  

混んでいるレストランとか喫茶店でぼんやり座っていると、向こうから目のツリ上がったウェイトレスが近づいてきて、
「お下げしてよろしいでしょうか」
と、もうお下げするにきまってる勢いで迫られることがしばしばある。
  
その言葉の裏側には「何グズグズ食べてんのよノロマッ」という気配が感じられるので、気の小さいぼくなんかは、うわあどうもすんません下げてください何なら手伝いましょうか、という卑屈な態度になってしまう。

その結果としてウェイトレスは、
「分かりゃいいのよ分かりゃ」
と不敵な笑みを浮かべ、ガサツ極まりない手付きでテーブルの上を片づけ始める。
           (原田宗典『スバラ式世界』)
  

line-450x16.gif

これを読んでわたしは、うんうんそうそうと大きくうなづいて、日本のレストランをなつかしく思い出したのである。

で、日本のウェイトレスのスゴイところは、たとえそれがまだ十代の小娘であろうと、ああいう場合に
「いえ、お下げしないでください」
とはいわせないぞ、という雰囲気を、厳として漂わせているところである。
  
原田氏は男だから「うわあどうもすんません」となるが、わたしは女だから(女というものは概して男よりずうずうしくできている)、ツカツカとお下げに来たウェイトレスに、「いいえ、まだです」といったことがある。
    
だってそのときわたしは、氏とおなじく「ぼくちんトマトが好きだから一番最後に食べるんだもんね」と、くし形に切った一切れのトマトを残していたのだ。

料理の横に、申し訳のようについてくるサラダの、飾りのようなあの一切れ。わたしはこのトマトに、塩をかけて食べるのが好きなんである。
    
さ、これから最愛のトマトちゃんを食べるもんね。と、そのとき、ツカツカッと何者かの近づく気配がした。ややっと見上げると、それは目のツリ上がった〈お下げウェイトレス〉であった。
  
「お下げしてよろしいでしょうか」
といったときにはすでに、彼女の手はガシッと皿の縁をつかんでいて、もう完全にお下げ態勢にあった。しかし、わたしは勇気をふり絞っていった。

「い、いえ、まだです」
そのときの彼女の顔……。
こめかみがピクリと動いて、ゴクリとツバを飲み込む音がした(ような気がする)。だってもうお下げするに決まっているものを、わたしがダメっていったんだから、不意打ちもいいところだ。
  
彼女の顔は、急激な血圧の上昇のために赤くなり、腹の中では魔女のかきまわす大鍋のごとく、ふつふつと怒りが煮えたぎっていた(と思う)。
  
ふつうなら、ウェイトレスは能面のような顔で仕事をし、客の顔なんかろくに見ないものである。しかし、このときばかりは、お下げウェイトレスはしっかとわたしの顔を見据えて、ガチーンとわたしたちは目が
会った。
  
恥をかかせやがって、この強欲ババア。
なにさ、トマトの一切れぐらい、ケチ!
  
と、その顔はいっていた(わたしはバアサンではないが、彼女の年代にとっては、もうりっぱなババアである)。彼女は、わたしのトマトちゃんの皿から、不承不承手を離し、キッと捨てゼリフならぬ捨て睨みを残して、大股で奥に消えた。
  
奥ではきっと、「あの客、トマト一切れでしみったれてサ」なーんてグチってんだろうなあ。それにしても、ああ、恐かった。その恐怖の体験以来、わたしはお下げウェイトレスに逆らったことはない。
  
でもねえ、このとき店は混んでなかったんだよ。だったらわたしの長居が、迷惑にはなっていないはずでしょ。そしたら、そんなに怒ることないでしょ。
  
  
 line-450x16.gif

さて、イギリスはドーバー海峡に面した田舎町――
ある日のこと、海辺のレストランでランチを摂った。すぐ前の海で捕れた、ドーバーソールを堪能したあと、甘ったるいデザートが欲しくなかったので、食後酒を頼んだ。

ベイリーズという、クリームの入った白い酒をリキュールグラスでちびりちびりとやっていた。ほお杖をついて、友人と話しこんでいたら、ウェイターがやってきた。

遠くから、わたしのグラスが空になったと見て、下げに来たのだ。ところが、手を伸ばしたのと同時に、グラスの底にわずか一センチほど白い液体が残っているのを認めたとき、彼はハッとして一メートルほど飛び上がった。
  
そして顔面蒼白、出した手をサッとひっこめて、「失礼しましたッ」と謝った。 もちろん、一メートル飛び上がったなんぞ嘘に決まっているが、それでも三十七センチは飛び上がったぞ。
  
驚いたのはわたしの方だ。彼のあわてぶり、うろたえぶりから察して、イギリスのウェイターにとって、底に一センチの液体が残っているグラスは、あきらかにお下げする対象ではないのだ。だからこそ、彼は自分の非を、詫びたのである。


line-450x16.gif
  
そうなんだ。考えてみれば、まだ空になっていないものを下げるなんて、失礼なことじゃないか。日本のウェイトレスの「お下げしてよろしいですか」には、客を早く回転させようとの意図が見える。たしかに
その方が、商売上は効率がいい。
  
ところが、イギリスだけでなくヨーロッパ全体でも、カフェなどで客がコーヒー一杯で何時間ねばろうとも、店主側には、ま、いいじゃないのという、寛大な雰囲気がある。
  
そんなのんびりしたムードは、リラックスできてうれしいが、反面、日本人のわたしとしては、イギリスの喫茶店やカフェテラスで、舌打ちしたくなることがよくある。

それは、テーブルの上に先客の食器がいつまでも残っていることだ。
ちょっとォ、しゃべってばかりいないでさっさと片づけなよ、これ。
いつもうんざりする。

あの日本のウェイトレスの「お下げしてよろしいでしょうか」には、少なくとも、仕事をする姿勢がある。特に、混んでもいないのに、早々に下げるのは、ぼーっとしていないで、仕事をするからだろう。

かくして、テーブルは、常にきれいな状態で、次の客を迎えることができる。リラックスできない日本式と、リラックスできるが、うんざりするイギリス式。うーん、どっちがいいんだろう。

No.46 2004/1/24

 次のエッセイへ
 トップページへ
Sponsored Link

検索

カスタム検索

サブコンテンツ

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。