新年

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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新年

【一年の計】
  
明けましておめでとうございます。
お正月も三日目。いかがお過ごしでしょうか。
本年も「よもやま話」をどうぞよろしくお願いいたします。
  

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一年の計は元旦にあり。
これを英語では New Year's Resolution (新年の決意)という。
  
一応そういう言葉はあるけれど、イギリスでは正月の行事は何もない。みごとに、なーんにもない。ただ、カレンダー上で、一月一日が公休日になるというだけのこと。だからイギリスの元旦は、いつものごとく、紅茶とトーストで始まる。
  
もっとも、大晦日の晩は、あちこちで年越しの催しがある。花火を打ち上げたりして特に有名なのがエディンバラのそれで、BBCが中継放送をするが、要は、飲んで騒ごうというだけのこと、日本の「行く年来る年」のような、厳かな雰囲気はない。

ま、正月前のクリスマスであれだけ大騒ぎしたんだから、いまさら盛り上がる気力もないのはわかるけど、日本人のわたしにとっては、肩透かしをくらったようで、淋しい限りである。
  
さて、そんな普段となんの変りもない新年を迎えて、ゆうべのこと――
夕食のあとで、オットットが皿洗いをしながら、
「あ、そうだ。また《新年の決意》を忘れていた」
というので、へーえ、オットットに、新年の決意などという、殊勝な心がけがあったのかと、驚いていると、

「今年から皿洗いをするときは、ちゃんとエプロンをつけることにしたんだ」
というので、わたしは椅子からずり落ちそうになった。
  
「ちょっとッ。あんたネ、男ならもっとこう、なんちゅうか、野心とか大志とか、そういうものはないの?」
というと、
「別にィ」
とプルッとしている。それにしても、新年の誓いがエプロンだなんて、それって、トホホすぎるゥ……。

  
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この皿洗いだが、わが家では、食事を作ってもらった人がやることになっている。別にそう取り決めたわけではないが、いつのまにやらそうなった。だから、彼が食事を作ってくれたときは、わたしが洗う。
  
じつはヘヘヘ、結婚するとき、オットットはとんでもなくカッコいいセリフを吐いたのであります。
  
「ぼくは、家政婦が欲しくてきみと結婚するんじゃない。だから、ぼくも家事は分担する。ハーフ・アンド・ハーフね」
  
このときわたしは、なーに、あんなのは結婚前のたわごと、魚を釣るエサのひとつだろうと思って、本気にしていなかった。だいたいが男というものは、最初はカッコつけといて、あとで「え? そんなこといったっけ?」とすっとぼけたりするもんだ。
  
なんせ、イギリス人と結婚する前に、わたしは日本人の夫との結婚生活が十一年というキャリアがある。だてに長年ミセスをやってませんて。恋人だったはずの男が、どのように亭主という別人に変貌するか、ちゃーんとお見通しなんである。
  
ところがオットットさまは、あのセリフにたがいなく、爾来十年、せっせと家事を手伝ってくださるのだ。皿洗いはおろか、わたしが掃除機をかけると、ダスターを持ってきて、棚やマントルピースの上のホコリを拭いてくださる。  
  
子供がいない主婦なのに家事を手伝ってくれるので、当然の結果として、わたしは、スポイルされたグータラ女になった(グータラはもともとだろうが、という突っ込みが聞こえてくるが、ええい、黙れ、黙れ)。
  
しかし、わたしは昔から男であれ女であれ、オトナならば、自分の身の回りのことぐらい自分でしてあたりまえ、という考えを持っている。

だから前の結婚でも、お風呂から上がったときに夫の着替えを出しておくなんてこと、したことがない。幼稚園児じゃあるまいし、それぐらい自分ですれば? 
    
今の夫は、一人暮らしが長かったために、家事はすべて自分でできる。これは非常に助かる。とくにわたしが風邪で寝込んだときなど、そのありがたさが、身に沁みる。
  
しかも、彼のほうがわたしよりきれい好きときているから、わたしたち夫婦は、じつに対照的である。寝室でも、ベッドの彼の側のテーブルは、いつもきちんと整頓されている。

ところがグータラなわたしは、「ホコリで死にゃしないって」と、ベッドサイドのテーブルに、読みかけの本だの、雑誌だの、新聞だのを積み上げている。
  
だいたい月に一度、その本の山がドドドーッと地崩れを起こしそうになる頃、オットットはわたしの首ねっこをつかんで、山の前に引きずってくる。

そして仁王立ちになって、片手を腰に当て、片手でテーブルをビッと指差して威圧なさる。
「この山を、今すぐなんとかしなさい」
  
へーい。片づけりゃいいんでしょ、片づけりゃ。
わが家は、オットットのおかげで整理整頓が保たれているといっても、過言ではない。だからそれはそれで感謝しているのだが、潔癖な男なんて、ちぇっ、やりにくいったらありゃしない。

No.45 2004/1/3   

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