鍼(はり)治療

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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鍼(はり)治療

【うつと鍼(はり)】  

今年もいよいよあとわずか数日――。
この一年を振り返って、一番うれしかったことは、なんといっても、長年のうつ病が治ったことだ。それもケロッと、劇的に。そして、一生忘れることのないであろう、中国人の恩人ができたこと。
  
イギリスに来て二、三年たった頃から、わたしはSAD(季節性うつ病)に罹るようになった。これは、目から入ってくる太陽の光が不足することが原因で起こる、うつ病である。
  
イギリスの冬は、ほとんど毎日、空は厚い雲におおわれて、太陽が見えない。そして、午後4時ごろに暗くなる。この灰色の陰気な冬が始まると、イギリスでは、およそ50万人がSADに罹る。
  
数年の間は、SADに罹っても、春になって太陽が出れば回復していた。ところがここ二、三年、季節とは関係なくうつ状態が続き、何もできなくなってしまった。
  
医者に行けば、すぐに抗うつ剤を処方されるが、対症療法でしかない西洋医学でうつが根治するとは、とても思えないのだ。

読みあさった本に、「抗うつ剤は、化学的ロボトミーである」などとあると、びびり虫のわたしは、とてもじゃないが、抗うつ剤を飲む気にはなれない。
  
仕方がないので、天然の抗うつ剤としてヨーロッパでは有名な、セント・ジョンズ・ウォートを買ってきた。これは黄色い花をつけるハーブで、健康食品店でサプリメントとして売っている。これをしばらく続けて服用したが、やがて効かなくなった。
  
そして、体が動かなくなった。これは、おそらく、うつの体験者にしか解っていただけないと思うが、文字通り、動かないのだ。

肉体的に、どこが悪いというのではない、動かそうという意志の力が、まったく働かない。それが、うつという病気なのだ。
  
さて、どうしょうかと悩んだあげく、マーゲイトにあるチャイニーズ・メディカル・センターのことを思い出したのだ。わたしは、若いときに生理痛を漢方薬で治して以来、ホリスティック医学である漢方を信奉
している。
  
そうだ、去年、咳が続いたときに、あそこで調合してもらった漢方薬で治ったが、そのときにもらった漢方医療のパンフレットに、たしか"depression(うつ病)"という単語があったっけ……。
漢方薬がうつに効くのなら、試してみる価値は大いにある。 

  
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メディカル・センターという名前からは、なにやら大層なものを想像するが、なに、町の小さな貸しビルの一階にある、クリニックである。しばらくぶりに出かけて行って、そのドアを押すと、
――おりょ?
  
受付のデスクには、中国人らしき、高校生ぐらいの女の子が座っている。あれえ、ネクタイをしめて白衣を着た、いつものドクターはどうしたんだろ。

セーターにジーンズ、ショートカットにメガネの女の子は、ニコッと笑って、"Can I help you?"という。
  
い、いや、あのね。えーと、ドクターはいないのかな? きょろきょろと隣の治療室をのぞき見ながら、促されるままに、椅子に腰をおろした。すると、彼女は新しいカルテを取り出して、やる気満々である。

「どうしましたか?」
ええーっ、あんたが診るのォ? うんもう、あんたみたいなひよッ子に、何がわかるってんのよォ。ドクターはどこだ、ドクターは。ドクターを出せぇー!
  
どうやら、わたしの顔は嫌疑に満ち満ちて、「?」やら「!」やらのマークが、おでこやほっぺに、ベタベタ貼りついていたようだ。彼女はそれを察してか、あわてて説明した。

「わたしは、中医薬大学に五年通い、大学院で二年学んで、マスターの学位を取りました。そのあと、十年の臨床経験があります」
  
へ? と驚いているわたしを見て、彼女はニッと笑った。
「わたし、いくつに見える?」
「十七、八」
「ぶわはは、三十五歳で、八歳の娘がいるんだよ」
「ひえー、ホントにィ?」
  
「イギリス人、みんな、信じない。患者さん、わたしのこと信頼してくれない。でも鍼(はり)をして、治ると信頼してくれる」
そりゃそうだろ、小娘にしか見えないもん。せめて医者らしく、白衣を着なさい、白衣を。
  
中医の医者は、鍼も指圧マッサージも漢方薬の処方も、全部ひとりでやる。だから、このクリニックには、鍼の治療室と漢方薬局が、同居している。
  
小柄で顔も小さく、本当に少女にしか見えない可愛いらしいこの女医さんは、名をリーメイという。明るく、気さくで、いっぺんで好きになってしまった。

彼女は問診をしながら、なにやらカルテに書き込み、わたしの舌を診て、両手の脈を診た。そして、いきなりこういった。
「鍼をしましょう」
  
ええーっ、わたしゃ漢方薬をもらいに来たのにィ、と抵抗すると、うつには鍼の方が効くから、と引かない。わたしの脳裡には、あのハリネズミ的わら人形状態の、おどろおどろしい治療の画像が、バーンと映し出された。
  
痛いのはヤダと、子供のようなダダをこねるわたしに、リーメイは、ちょうどそのときタイミングよく入ってきた、一人の患者を紹介した。

その典型的な、西洋梨的肥満体型の中年女性は、鍼が痛くないこと、イギリスの医者にかかっても治らなかった症状が、即効で治ったことなどを、わたしに説明した。

やれやれ、金髪碧眼のイギリス人に、鍼をすすめられるとはねえ……。

いや、時代は変っているのだ。西洋医学では治せない難病が増え、西洋医学の限界が見えてきた昨今、世界的に、代替医療の実質的な需要が高まっている。イギリスの病院では、今や鍼治療は、健康保険の対象となっているのだ。
  
  
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しぶしぶ、診察台の上に寝た。まず足首に一本。チクと、まあ、蚊が刺したくらいの刺激だろうか。両足首に一本づつ、そして額に三本。この三本に電気を通してパルス(低周波)を脳に送る。
  
ピッ、ピッ、ピッという、断続的な深い刺激が、頭の中で視覚エフェクトの映像のようにようにうごめく。このままで三十分、眠らなきゃダメよと念を押して、リーメイは治療室を出て行った。

こんな明るい蛍光灯の下で、眠れるわけないじゃん。わたしゃデリケートだから、暗くないとダメなんだよ、という抗議はあっさりと無視された。
  
三十分経つと、鍼をはずして、顔、首、肩、腕、足と指圧マッサージをしてくれた。いやあ、これが気持いいのなんのって。鍼では眠れなかったが、このマッサージで筋肉が弛緩して、うとうとしてくる。おーっと、だらしなく開いた口もとから、よだれが出そうになった。
  
その晩、ひどい頭痛が寝るまで続いた。
そして、あくる朝――
うつが消えていた。みごとに。

体が動くようになった。自分の意志で体が動かせるようになった。たった一度の鍼が、わたしを暗澹としたうつの深淵から、陽の輝く地上に引きずり上げてくれたのだ。
  
ところが次の日。信じがたい速効性に、急に不安になった。もしかして脳に通したあの電気は、ひょっとして電気ショック療法の類なんじゃ……?! 

まさかまさかと否定しながらも、映画「カッコウの巣の上で」の場面が蘇る。ジャック・ニコルスン扮する主人公が、あの治療を受けて別人になってしまった場面……。
  
わたしはパソコンに飛びついて、インターネットで「電気鍼」と「電気ショック療法」を調べた。これらが、まったく別のものと確認して、ふーっ、やれやれ。

そして、中国の北京大学では、電気鍼と酸素吸入との併用で、うつの治療に顕著な成果をあげている、という情報も収集した。  
  

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最初に、五回の鍼治療をワンコースとして予約したので、一回で治ってしまったけれど、効力を補強するためと、指圧が気持よいので、結局五回の治療に通った。するとリーメイは、最後の治療を無料にしてくれた。
  
今後、再発するだろうかというわたしの問いに、彼女はこう答えた。
「うつという病気はネ、自分で治すものだよ。鍼でその手助けをしてあげることはできるけど、根本の治療にはならないよ」
  
わたしはこれを聞いて、医者としてのリーメイをあらためて信頼する気持になった。

そう、浜松医科大学の高田明和名誉教授や、ケンブリッジ大学のニック・ベイリス博士、アメリカのドネルスキー博士など、世界のうつの権威たちもおっしゃっている。

「うつを治すのは哲学である」と。
  
哲学とは、ものの考え方。ものごとをどのように考えるか。それが、うつと決別する本当の道であり、今後の、わたしの課題である。

No.44 2003/12/27
  
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