りんご

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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りんご

【りんごが溶ける】

秋。
秋ですねえ。
  
萩、菊、曼珠沙華、金木犀、銀杏、もみじ、稲穂。
赤とんぼ、鈴虫、松茸、秋刀魚、柿。
  
思いつくままに、日本の秋の風情をならべてみたけれど、ないんだよなあ、こういうものがイギリスには。
  
強いていえば、秋には初物のりんごが出てくるけれど、でもりんごなんて年中あるから「秋の味覚」というにはちょっと……。でも、ま、しゃーない、他にこれといったものがないのだから、りんごがイギリスの秋の味覚ってことにしとこ、なっ。
  
わたしの住むケント州は、りんごの産地で、どの町でも郊外に出るとたいていりんご畑がある。高さを二、三メートルに押さえたこじんまりとした果樹に、たわわに実がなっている。そして樹の根元には、風で落ちた実がごろごろ。
  
わたしが好きなのは、なんといってもコックス・オレンジ・ピピンだ。イギリス人が、「世界一おいしいりんご」と、自慢するだけのことはある。コックスは、デリシャスやスターキングのように美しくもなく、貧相だけれど、本物のりんごの味がする。

交配に交配を重ねて大きくした日本のりんごが忘れてしまった、あるいは放棄してしまった、本当のりんごの味。見てくれじゃない、味なんだ。
  
日本の国光に似た小さなコックスには、当たりはずれがない。スターキングなど、ひどくまずいときがあるが、コックスにはそれがない。いつでも必ず、あのりんごの原点ともいえる酸味と、甘味の織りなす優しいメロディを奏でてくれる。

コックスを耳元で振って、カラカラと中で種の鳴る音がしたら、食べごろだ。この世界一おいしいりんごを、毎年秋になると農場に買いに行く。5.5キロ入り1箱が千円弱。八百屋で買うよりずっと安い。
  
納屋に木箱をならべただけのショップには、さまざまなりんごが、にぎやかに顔をそろえている。スターキングやゴールデン・デリシャスのとなりには、黄と赤の色が可愛らしいキャティ、ウースター、そしてメインのコックス。
  
いづれも、日本のりんごとくらべると、小ぶりである。でも、それでいいじゃない、おいしければ。なぜ大きくする必要があるのだろう。
  
ずらりとならんだ木箱の端っこで、緑色の不恰好なりんごがのぞいていた。まあその形ときたら、ごつごつと、まるで男の人の握りこぶしみたい。

いかにも硬そうでまずそうな、ブラムリーと呼ぶこのりんごが、日本にはない、摩訶不思議なりんごだとわかったのは、わたしがイギリスに来て、ずいぶんたってからのことだった。
    

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ある年の秋、ロンドンのハンプトン・コート宮殿を訪れた。そのときにもらったパンフレットに、《チューダー王朝時代の厨房が蘇る》という、クリスマスの催しの案内があった。
  
四百年の歴史を誇るその宮殿の厨房で、スピット(肉を串に刺して焼く道具)で豚を丸焼きにしたり、ハーブを刻んだりして大宴会のご馳走づくりに勤(いそ)しんだ様子を、当時の衣装をつけた料理人たちが、再現するというのだ。

そして、チューダー時代に人気のあった「ラムズ・ウール(子羊の毛)」というドリンクを、試飲できるとある。
  
あいにくと、それを見る機会は逸したが、「子羊の毛」とはいったいどんな飲み物だろうと興味を持った。調べてみると、それはサイダー(りんご酒)に砂糖、ナツメッグ、ジンジャーを入れて温め、焼りんごを浮かべたものだという。
  
「りんごの皮から破れ出る柔らかい果肉が白く泡のようで、まるで子羊の毛のように見える」との説明だが、アップルパイやコンポートを見てもわかるように、りんごに熱を加えたところで、「白く泡のよう」には、決してならないのである。
  
作り方の説明には「りんごの形がなくなり『泡状』になるまで強火で煮る」とある。いや、だからァ、いくら煮ても、りんごっちゅーもんは泡にはならんのだよ。と、ぶつくさ文句をいいつつ、本を閉じるしかなかった。
  
酸味のある野生のりんごが使われたというだけで、りんごの種類についての説明はない。はて、「泡状のりんご」とはいったい何ぞや。
  
  
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それからしばらくして、すっかり忘れていたその疑問が、イギリス人の家庭に食事に招かれた折に、突然氷解した。デザートに、焼りんごが出てきたのだ。日本の焼りんごとは似ても似つかぬ、そのふわふわトロリとした舌ざわり。
  
これっ! これぞまさしく「泡状」のりんごじゃないか!
どう調理すればこういう状態になるのかと聞くと、
「あら、クッキング・アップルを使えば、いやでもそうなるわ」
と奥さんは笑った。
  
そこではじめて、この世には、クッキング・アップルなる料理専用のりんごがあることを、知ったのだ。

見かけはごつごつと無骨な青りんご。そのままでは酸っぱくて食べられないが、熱を加えると泡状に溶ける。いや、泡というより、ちょうどりんごをすりおろしたときの、あのふわふわした感じだ。
  
次の日、さっそくブラムリーを買ってきた。これを煮るなり、オーブンで焼くなりすると、アッという間に、果肉がアツアツのおろしりんごと化すのである。不思議な果物もあるもんだ。
  
そうか、これなら「子羊の毛」というネーミングもうなづける。この溶けたりんごをアップルサイダーに浮かべると、その白いふわふわがウールの綿(わた)に見えるであろうことは、容易に想像がつく。なるほど、なるほど、うまい名前をつけたもんだ。
  
友人の奥さんに教わった、焼りんごの作り方は、ごく簡単。芯をくり抜いて、その穴に黒砂糖とレーズンを詰めて、シナモンを振る。焼皿にほんの少し水を張って、170度に温めたオーブンで30分。
  
これだけのことだが、ただひとつ、忘れてはならないことがある。それは、りんごの皮にぐるりと、ナイフで切れ目を入れておくこと。熱で果肉が溶けて膨張したときに、破裂しないためである。
  
とろりとろけた黒砂糖と、アツアツのふわふわりんごを混ぜあわせて、スプーンですくって食べるこの味は、日本にはないものだ。

これにちょっとカルヴァドスをたらして、クレープといっしょに食べれば、素敵なお茶うけになる。そうだ、明日は久しぶりに、りんごを焼いてみよう。


【ブラムリーについて】

ブラムリーは、日本でも手に入るの? どうやって料理するの?
など、興味のある方は、ぜひ「ブラムリーファンクラブ」というサイトをご覧ください。ブラムリーについての情報が、豊富に載っています。


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