ハロウィン

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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イギリス生活よもやま話【ブログ】

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ハロウィン

【 骸骨がお好き】
  
骸骨、妖怪、魔女、悪魔、ドラキュラ。
10月に入って以来、町のあちこちのショーウインドウで、こういったおどろおどろしい異形のものが、ディスプレイされている。
  
今年もまた、ハロウィンがやってくる。10月31日のハロウィンのために、スーパー、ギフトショップ、カード屋、本屋、喫茶店などのウインドウが、気味の悪い装飾で埋まるのだ。

あーあ、日本では美しい錦秋の季節というのにサ、イギリスにはそういう情緒は、かけらもない。菊人形のかわりに、こちらでは骸骨の人形が飾られているのである。
  
天井や窓に、人造の蜘蛛の巣を張りめぐらせ、そこに巨大な蜘蛛を配し、妖怪の人形や、等身大のプラスチックの骸骨を飾った喫茶店。そんな店で、イギリス人はお茶を飲む。
  
日本人であるわたしは、そんな薄気味のわるい店で、お茶を飲もうという気には、なれない。お茶をおごってやるといわれても、お断り申しあげる。

でも、それにスコーンをつけるといわれたら、うーん、ちょ、ちょっと考えようかな。さらに、ヴィクトリア・スポンジをつけるといわれたら、前向きに検討する所存であります。
  
わたしがイギリスに来て驚いたことのひとつは、彼らが、骸骨をなんとも思っていないということだ。

というよりは「骸骨が好き」、さらに言えば「ぼーくらはみんな友達だ、ランランラン」と、骸骨と手をつないで、踊りだしかねない雰囲気なのだ、いや、ホンマに。
  
ハロウィンの季節でなくても、新聞雑誌で骸骨の絵を目にするのは、日常茶飯事だし、テレビではコメディによく出てくるし、コンピュータグラフィックの骸骨が、番組案内をやったりするので、彼らにとっては、どうもマスコット的存在らしいのだ。
  
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イギリスの、あれはノーサンバーランド州だったか、ある古いお城に行ったとき、地下に降りると、牢があった。なにげなく鉄格子の中をのぞいて、ギョッ。そこには白骨化した囚人の姿が……。
  
目をそむけて、足早に庭に出た。あーあ、やなもん見ちゃったと、ベンチに座って、入場のときにもらったパンフレットを見ると、城が経営するB&Bの案内があった。
  
なんと、そのB&Bは城の敷地内。あの地下牢とは、目と鼻の先である。あの白骨、はたしてちゃんと成仏しているのかなあ。夜な夜な、お出ましになるんじゃ、ないだろうねえ。
  
わたしゃ、こういう宿には、断じて泊まりたくない。たとえ、宿泊費をタダにしてやるといわれても、当方は恐がりの小心者ゆえ、この問題について、前向きに検討する気はさらさらない。
  
イーストサセックスに、ライという、美しい古い町がある。ここの博物館に入って、ギョッ。

極刑になった囚人のミイラ化した死体が、天井からぶらさがっていたのだ。この町でやっていた、昔の処刑を紹介したものだが、うんもう、驚かさないでいただきたい。
  
お化け屋敷でこういうものに出会うなら、こっちもそのつもりで、心の準備ができているから良いが、イギリスでは、予期せぬ場所で出会うから、ギョッとする。
  
わたしの住んでいる町のとなりに、ブロードステアズという小さな港町がある。ここで二体の人骨が見られる。ひとつはブリークハウスという、もとチャールズ・ディケンズの別荘だった家。

この地下が、昔この地方で盛んだった、密輸業をテーマとした博物館になっていて、牢の中で死んだ密輸業者という設定だろうか、一体の骸骨がある。(現在、この博物館は閉鎖されています)

もうひとつは、海岸通りの土産物屋の中。店の中に、なぜか昔の枯井戸があって、その底に一体。ライトで照らされている。こういった公の場所に、無造作に骸骨が置かれているのだ。

ヨーロッパで、こういったものを目にする機会は、決して少なくない。カタコンベのような骸骨寺は、イタリアだけでなくヨーロッパのあちこちにあるし、ドイツやフランスの、カトリックの教会で、ガラスのケースに入った聖人の遺骸が、祭壇に飾られているのを見たのも、一度や二度ではない。
  
また、髑髏(どくろ)も、彼らのお好みのアイテムである。西洋では、静物画に髑髏が描かれることが、よくある。

エクサン・プロヴァンスのセザンヌのアトリエに行ったとき、彼が描いた三つの髑髏が、棚の上にならんでいた。

書斎のインテリアとして、髑髏が飾られていたのを、映画やドラマで見たこともある。西欧人にとって、人骨は、単なるオブジェなのだろうか。
  
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日本人であるわたしは、イギリス人のように骸骨を「物」として見ることができない。いくら変り果てた姿とはいえ、もとは人間じゃないか。だから人間の一部として尊厳視する。

あれは、葬って土に還してあげるべきものじゃないか。人目にさらされる骸骨など、気味が悪いという以前に、痛ましくて見ていられないのだ。
  
あんなものは、どうせ作り物に決まっている――。
最初はそう思っていた。ところがイギリス人の死生観を知るにつれて、あれは案外と本物だろうと思うようになった。
  
それを裏付けるこんな話を聞いた。マーゲトの整骨院の治療室に、骨格のサンプルとして本物の骸骨が展示してある。

えーと、あなたの場合はですネ、ここんとこの骨がこういうことになってるから、痛むんです、などと、治療の説明に使われるのだそうな(日本なら、絵とか模型で説明するのだろうけどねえ)。
  
こういった骸骨がインドから輸入される。ガンジス川を流れてくる死体を使うのだろうか……。1970年代で、一体3ポンドだったという。いくら数十年前とはいえ、信じられない値段である。

これなら、骸骨の模型を作るより、本物を買うほうが安い。このような人骨販売ルートが現実にあるのだから、整骨院、病院、学校、博物館、土産物屋などが、それを購入するのは、難しいことではなさそうだ。
  
先日、夫がこの整骨院に治療に行ってきた。
「骸骨の首に赤いバンダナが巻いてあったよ」

夫はそれをユーモラスだと笑う。完全にマスコットじゃないか。い、いくら赤いバンダナで可愛ぶっても、骸骨は骸骨だ。気持悪いんだよっ。
  
イギリス人にとって人間の死体は、魂の抜け殻にすぎない。脱皮した蛇の皮とおなじ、抜け殻なのだ。だから、それはただの器であり、「物」である。

となれば、骸骨が飾られた喫茶店でお茶を飲もうと、骸骨の前で治療を受けようと、なんら抵抗はないということだろう。
  
ハロウィンが来るたびに、あのディスプレイを見るたびに、日本と西洋の違いを意識せずにはいられない。


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