アンダルシア

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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イギリス生活よもやま話【ブログ】

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アンダルシア

【アンダルシアの青い空】
  
朝起きると、どよーんと重い灰色の空。夕方のように暗い。
やがて細い雨が音もなく落ちてきて、窓を濡らす。
雨は二十分くらいでやむ。暗い陰鬱。北海からの冷たい風が吹く。
と、またいつのまにやら降りだしている。
  
あーあ、なんという違いだ。
おなじ地球に住みながら、つい先々週までいたアンダルシアでは、今で
もタンクトップに短パンだぞ。足元はバッチリ、ゴムぞうりできめてい
るんだぞ。
  
毎日毎日、判でついたように朝からカラッと青空で。地中海はあくまでも青く、砂浜で日光浴してるおねえちゃんは、トップレスだし(誰です、ヨダレをたらしているのは?)。
  
だから、イギリス人はイギリスを逃げ出すんだ。うん、わかる、わかる、その気持。日本のように、しっとりと美しい秋があるわけでもなく、イギリスでは八月の終りから、ストンと気温が落ちる。木の葉は、茶色になって落ちるだけ。そして、長い長い冬が、始まるのだ。
  
九月から四月ごろまでの七、八ヶ月、太陽は、厚い雲の向こうに隠れたまま、灰色の陰気な日が続く。一年のうちの半分以上が悪天候、という暮らしを嫌って、イギリス、ドイツ、オランダ、ベルギーなどから、多くの人が南フランス、スペイン、イタリアへ移住してくる。移住とまではいかなくても、南欧に別荘を持つ人は、多い。
  
コスタ・デル・ソル(太陽海岸)にある、ネルハという街に行って、おどろいた。不動産屋のドアには、「英語話します」、「ドイツ語話します」の文字。

カフェテラスのメニューには、「イングリッシュ・ブレックファースト」がある。英語専門の書店に、古本屋。英語とドイツ語のミニコミ誌。英国人用の教会、そして美容院。この街では、英語が公用語として通じる。
  
わが家では、とても別荘は買えないので、夏のバカンスでヨーロッパ中が混みあうハイシーズンは、涼しいイギリスでじっとしている。そしてイギリスが肌寒くなってくると、太陽を求めて南に旅に出る。

こんなにも夏を恋しく思う感情は、わたしが日本にいたときには、なかったものだ。太陽の乏しいイギリスで暮らすようになって、はじめて芽生えた焦燥である。
  

  
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二週間の滞在のために、旅行代理店を通して、ホリディ・コテッジを借りた。地中海を見下ろす山の斜面にあるその家は、コルティホ・アヴェ・マリアという名で、もちろんカサ・ブランカ(白い家)だ。
  
観光ガイドに、「白い村巡り」というツアーが載っているけれど、アンダルシアでは、白くない村なんて、ありゃしない。どんな山奥に行っても、家はみな、白く塗られている。

それは、外壁を白く塗ることによって、内部の温度がいくらか下がるから、なのだそうな。灼熱の太陽から身を守る、暮らしの知恵というわけだ。
  
さて、マラガ空港でレンタカーを借りて、およそ80キロ東にあるアルムニェカルという町まで、右手に地中海を見ながら走った。左手の山はすべて、頂上まで古い段々畑が続いている。その畑が、今は住宅地となって、山のあちこちに、白い家が点在する。
  
湾岸道路から山へ上がる道は、小型車がすれちがうのがやっとの幅しかない。急な坂を、ファーストとセカンドのギヤで、あえぎながら登った。途中の山道には、燃えるようなブーゲンビリアと、巨大なサボテンが繁茂している。ヘアピンカーブを五つ越えて、コルティホに到着した。
  
このテラスからの眺めときたら!
正面、はるか下に見える海岸。左右の山の稜線は、なだらかに傾斜して海に落ち込み、その裾野を、白いリゾート・マンションの群れが、占めている。あとは、限りなく広がる、海と空。
  
家の入口が、象牙色のタイルを敷いたテラスになっている。その横に、砂利を敷いた庭があり、マンゴー、アボカド、ブドウ、オレンジ、レモン、カキ、ザクロ、イチジクの木がある。これをすべて、勝手に取って食べてよい、というお許しが出て、狂喜した。
  
大きなマンゴーが、重そうにドカン、ドカンと生っている。熟れると、ボトッと、音をたてて落ちた。ザクロも、日本のそれの三倍くらいの大きさで、割ってみると、その透き通った赤い果肉が、宝石のガーネット(柘榴石)そのままだった。
  
庭の向こうに、プールがある。プールのテラスから見えるのは、海と空だけ。椰子の木と、大きなアボカドの木が、プールサイドの芝の上に、涼しい陰を作っていた。
  
  
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コルティホのオーナーは、ジャンポールというベルギー人と、ソフィアというリトアニア人の中年夫婦。グレタという12歳の娘がいるが、これはバツイチのソフィアの連れ子である。

ジャンポールも離婚経験者で、前妻との間に、21歳の娘アネモネがいる。彼女は年に何度かやってきて、ここに滞在する。
  
いやいや、なにも身上調査をしたわけじゃない。彼らは、わたしたちのコルティホの、上の斜面に住んでいる。二週間の滞在中にプールサイドで、あるいは庭で、このファミリーに出会ったときに交わした英語での会話を総合すると、こういうことになる。
  
離婚、再婚が多い西欧では、複雑な家族構成は少しも珍しくないが、いつもながら驚くのは、これは特に女性に多いが、初対面でも非常にオープンに自分の過去を語ることだ。
  
ジャンポールは五十代だろうが、がむしゃらに働いて、早めにリタイヤ
したらしい。ここに住んで、4年になるという。年金と、旅行者に貸す二軒のコテッジの収入で、悠悠自適の生活だ(コテッジの内装は、すべて、彼が日曜大工でやったもの)。
  
こういった山の斜面に建つプール付きの白い家が、ここでは二千万円ぐらいから手に入る。今わたしたちが住んでいるイギリスの家を売れば、充分に買える値段だ。不動産屋の広告を見るたびに、そそられる。
  
一年の大半をTシャツと短パンで暮らせる気候。
ああ、世のしがらみなんか、ええーいとばかりにうっちゃって、いっそここに移り住もうか。
  
テラスのぶどう棚の下に寝そべって、海から吹き上げる心地よい涼風に身をまかせ、シエスタとやらを真似てみた。

毎日毎日、抜けるような青空と、視野いっぱいに広がる海を見て、庭の果物や野菜を食べて、わずかな衣服で暮らす。あこがれのシンプルライフが、ここにある。あくせくすることが、アホらしくなる暮らしだ。
  
朝っぱらから、古ぼけたシトロエン2CVをひっぱりだして、趣味の車いじりに没頭するジャンポールを見て、思う。

人の幸せってなんだろう。
人生ってなんだろう。
南国の空を見上げて、ちょっぴり哲学せずには、いられない。
 

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