葬式

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

profile-01.jpg

Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

運営サイト

ブログもアップしています。
イギリス生活よもやま話【ブログ】

1日1回のいいこと。クイズに答えてクリック募金しませんか? あなたには、一切お金はかかりません。

Sponsored Link

葬式

【イギリスのお葬式 】   
  
先日、夫の友人の奥さんが亡くなったので、お葬式に行った。
わたしは、なぜか葬式づいていて、なにしろ十六年前、はじめてイギリスに来て三ヶ月目に、ホストファミリーのお葬式に参列するという、ケッタイなご縁があった。

それ以来、これまでに何度参列したことだろう。
だから、イギリスのお葬式のことなら、もう、わたしにお任せください。
  
日本とは違うなあと思うのは、まず服装である。イギリスには喪服というものがない。男性は、喪主からして、紺やグレーのダークスーツである。女性は一応暗い色の服が主流だが、紫の花柄のワンピースとか、茶のチェックのスーツとか、いろいろである。

この前のお葬式では、赤のスーツを着ている人がいた。鮮やかな赤ではないにしろ、やっぱりどう見てもあれは赤としか表現できない色だった。
  
それに、日本では、喪服のアクセサリーは真珠と決まっているが、こちらではゴールドだろうと何だろうと、好きなものを好きなだけつけている。何の制約もなさそうだ。
  
十六年前にホームステイしていたとき、わたしのホストマザーであるサビーナのお母さんが、亡くなった。お葬式は小雪のちらつく寒い日だった。

その朝、わたしは家族といっしょに、おなじ町にある彼女の実家に行った。親戚縁者がまず実家に集まって、それから車で火葬場に行き、火葬場の中にある教会で葬式、という段取りだった。イギリスでは、通夜というものはなく、告別式だけである。
  
見知らぬ人々の中に、サビーナの友人の中年カップル、ディックとジャッキーを見つけて、わたしはほっとした。
挨拶しようと近寄って、どっひゃ〜!
  
ジャッキーの服ときたら! 
そりゃ、色は確かに黒ですよ。でもそれは、日本なら、夕方の祇園あたりで「あら、おねえさん、これからご出勤?」と声をかけたくなるような、そういうドレスである。
  
このクソ寒いのにノースリーブで、薄手の生地がひらひらと揺れるスカート。大きくあいた胸もとからは、谷間がムッチリコ。おまけに黒いブラのレースまで、チラリンコ。

(マリリン・モンローが映画『七年目の浮気』で着ていた、あのぶわーっとスカートがまくれあがったヤツ、あれのブラック・ヴァージョンだと思っていただければ、オッケー)
  
ア、アホかいな、この女。
アンタね、なんか勘違いしてへん? 日本では、できるだけ肌を隠して喪に服す気持をあらわすのに、彼女ときたら胸を開けて、ゴールドのアクセサリーじゃらじゃらつけて。自分が目立つことしか考えとらん。友人の母の死を悼む配慮なんぞ、かけらもありゃしない。
  
まったく、西洋の女ってのは、ホントに、この手合いが多いんだから。いったい何考えてんだか、ブツブツ……。葬式で色気ふりまいて、どうするんだよぉ、ブツブツ……。
  
 
line-450x16.gif
  
初っぱなから、黒の悩殺ドレスでコケてしまったが、次に驚いたのは、イギリス人が葬式で泣かないことである。泣かないったら、泣かない。いや、正確にいうと、涙を見せるのは、参列者のうちでせいぜい一人か二人。
  
その理由を、いろいろと模索してみた。
まず第一の理由は、宗教に基づく、イギリス人の死生観の違い。

わたしは不明にして、キリスト教の教義をよく知らないのだが、多くのイギリス人は、死ぬと神に召されて天国へ行き、そこでまた次の人生が始まると考ているようだ。したがって、死は天国への扉であり、忌むものでも悲しむものでもない、と。
  
第二の理由は、葬儀が、人々の涙を誘いにくい形態になっていること。
たとえば、日本では、菊で飾られた祭壇の中央に、遺影が置かれる。この遺影があるとないとでは、ずいぶん違うと思う。

故人とさほど親しくなくても、黒いリボンに縁取られた笑顔を見ただけで、喉の奥に熱いものがこみあげてくることがあるが、イギリスでは、それがない。
  
死者との最後の対面も、また、涙を誘うものだが、それもない。焼香もない。葬式では、神父の話を聞き、聖書を読み、賛美歌を歌い、その間に立ったり座ったりをくり返して、三十分くらいで終る。
  
そして第三の理由は、葬式の日取り。たいていは、亡くなってから一週間ぐらいだが、十日や二週間たってから行われることも珍しくはない。すると、最初のショックが和らいで、涙が乾いたころに葬式となるから、そう泣かなくてもすむことになる。
  
イギリスの葬儀屋には、小さなチャペルがあって、そこに遺体を安置して、葬式の都合がつくまで預かってくれる。つまり、葬式の日取りは生きている者の都合の方が、優先されるのだ。

葬儀屋では、遺体をどうやって保存するのだろう。気になるところだが、冷凍保存という話も聞かないので、お棺の中に防腐剤、防臭剤などを入れておくのだろう。夏の涼しいイギリスでは、腐敗の問題は、それほど深刻ではないのかもしれない。
   
  
line-450x16.gif
  
イギリスと日本の葬式の最大の違いは、なんといっても、イギリスでは、葬儀にさほどお金がかからないことだ。日本のように、「葬式代を残しておかないと死ねない」なんてことは、ない。
  
まず、イギリスには香典というものがない。お悔やみは、故人の親族や親しい友人などは花を贈るが、そうでない他人なら、二百円ほどのカード一枚送っておけば、それで礼をつくしたことになる。
  
イギリスの家庭には、いくら熱心なクリスチャンでも、日本の仏壇にあたるものがない。葬式のあとには逮夜も、初七日も、四十九日もない。香典がないから、香典返しもいらない。盆もなければ、彼岸もない。故人の年忌の法事もない。
  
葬式のあと、日本では、精進落しのお斎(とき)が出る。これがイギリスでは、サンドイッチと紅茶のパーティとなる。これをホテルの会場を借りてやる場合もあるが、家庭で安上がりにやることもできる。
  
この精進落しのパーティーでも、驚いたことがある。それは、聞こえてくる会話が、故人をしのぶものではなかったこと。久々に会った親戚縁者の近況報告やゴシップばかりで、ふつうのパーティとまったくおなじノリ、おなじテンションなのだ。
  
サビーナの母のときも、葬式の次の日には、さっさと喪が明けて、まったく何ごともなかったかのように、賑やかにクリスマスの準備が始まった。子から孫にいたるまで、誰一人として亡くなった人の思い出を語る者がいないのは、日本人のわたしとしては、じつに不思議で、また不自然だった。
  
この家のおばあちゃんは、もう何年も前に他界したかのような錯覚に陥ったが、死が忌でも悲しみでもないとすれば、いつまでもそれを引きずる必要も、ないのだろう。
  
イギリスでは、正月をお祝いしないので、クリスマスがそれに相当する行事になる。年賀の挨拶(クリスマスカード)を欠礼することもなく、祖母を喪った一家に、陽気にハッピー・ニュー・イヤーがやってきた。
それからニ年後、サビーナの父は、七十五歳で再婚した。


 次のエッセイへ
 トップページへ
Sponsored Link

検索

カスタム検索

サブコンテンツ

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。