母親

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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母親

【血迷う 】
  
世の中の母親というものは、どうも、時として、血迷うものであるらしい。わたしの知っている、ふたりの男性のエッセイを読んでいて、わたしは、つくづくと、このことを実感しました。
  
まず、カメラマンの井上貴文さんのホームページにある「なんで無印にするの?」というエッセイ。彼が、小学校低学年のころのお話です。
  
井上さんちの貴文ちゃんは、野球には興味のない子供でしたが、友達がみんな、阪神タイガースの野球帽を持っているので、ボクも欲しいなあと思っていました。

そんなある日、貴文ちゃんは、お母さんと買物に行って、ついに、あこがれの野球帽を、買ってもらったのです。
  
「私は間違って読売ジャイアンツの帽子を買って、仲間はずれにならないよう、何度も阪神タイガースのマークを確かめました。

家に帰って帽子をかぶっていると、母親が突然、何を血迷ったか『この帽子のマークはいらない』と言いだして、阪神タイガースのマークをはがそうとしたのです。

え?え?え?なに?なに?なに? この阪神タイガースのマークはこの帽子にとって「命」なのに、なんで?なんで?なんで?」
  
当時、帽子のマークは、刺繍ではなくワッペンでした。お母さんは、そのワッペンを無理矢理はがして、ゴミ箱に捨ててしまいました。もちろん貴文ちゃんは、必死に抵抗したのですが、しょせん大人には勝てません。

大きくなった今、彼は思うのです。
「そりゃねえ、お金を出してくれたのはアンタかもしれないけど、そこまでする権利があるの? マークをはがしたところで、アンタには何のメリットもないでしょうが。別に、阪神タイガースがキライだったわけでもないし。

間違えて読売ジャイアンツの帽子を買わないように、何度も確かめた私は一体何だったのでしょうか。私の野球帽は無印になってしまったため、友達の前でかぶるのもイヤになってしまいました。私はこのときのことは未だに理解できないし、納得がいかないのです」
  
なんという、ひどいお母さんでしょう。でもこれは、貴文ちゃんのお母さんだけではありません。わたくし妙子ちゃんも、ちょうど貴文ちゃんとおなじくらいの歳に、やはりお母さんのひどい仕打ちに、深く深く傷ついたことが、あったのです。
  
わたしの雨靴に、水が沁みるようになって、新しいのを買ってもらうことになりました。わたしは仲良しのみっちゃんとおなじ、ピンクのが欲しいなあと思っていました。

ところがお母さんが買ってきたのは、なんと、黒に近い深緑の長靴だったのです。
ええーっ、こ、こ、これっておっさんの長靴じゃないかー! 
  
母は、ちょうど父の長靴を買いに行って、ついでに子供用のを買ったのですが、ピンクのがなかったかどうかして、何を血迷ったか、男の子の深緑のゴム長を買ってきたのです。

そりゃ、今のわたしなら、深緑の長靴でもいっこうにかまいませんよ。でも七、八歳の女の子にそりゃあんた、酷というもんじゃありませんか。
  
「ほら、お父さんとおそろいよ」
目が点になって呆然としているわたしに、母はそんなことをいって納得させようとしました。でも、そういう問題ではないのです。わたしが欲しかったのは「みっちゃんとおそろいのピンクの雨靴」であって、「お父さんとおそろいのズズ黒い長靴」ではないのです。
  
わたしがどんなに、その雨靴を嫌っていたか。どんなに、他の女の子とおなじ赤やピンクの雨靴が履きたかったか。それを解ろうともしなかった母のことが、どうしても理解できないし、未だに納得がいかないのです。
  
    
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さてお次は、水沢浩司さんのエッセイ。これは「霊長類最強のばーさん」という、タイトルを聞いただけでも、怯えどよめいてしまう、究極の残酷物語です。

はたして、こんなことが許されてよいものでしょうか。これもまた、いっそうの涙をさそうお話です(ハンカチの用意をどうぞ)。
  
水沢さんちの浩司くんが三、四歳のころ、浩司くんには一つの宝物がありました。それはとってもお気に入りのパンダのぬいぐるみで、「パンダちゃん」と名づけて、いつも抱いていました。遊ぶ時も寝るときもいっしょなので、それは当然、汚れてきます。
  
そこで水沢さんちのばーさま(ばばも母親の一種です)は、「新しいぬいぐるみをおいらに差しだし、『これをあげるから、そっちの古いのをおよこし』と、おいらに迫ったが、当然ながら『そういう問題ではない』のである。

おいらは別に『パンダの形をしたぬいぐるみが好き』なのではなくて、『長年苦楽を共にしたパンダちゃんが好き』なのだから、例えどのような代替品を貰ったとしても、この世で最初の親友を手放すことなど思いもよらなかった」
  
浩司くんは、パンダちゃんを連れて、押入れに逃げ込みました。そしてパンダちゃんを抱きしめ、必死で息を殺し、震えながら泣いていました。しかし、水沢家のばーさまはターミネーターのようなお方、そんなことであきらめるような、ヤワじゃありません。
  
「孫が押し入れの奥で震えながら泣いていようが、そんなことはどうでも良く、その結果、情操教育にどのような悪影響を及ぼしたとしても、当面の目的さえ果たせればオール・オッケー、という恐るべき殺人サイボーグ・ナイズされたばーさま」なのであります。
  
とうとう浩司くんは、まるで生木を裂くように、パンダちゃんと引き離されました。

「新しく貰ったパンダのぬいぐるみには当然のことながら何の愛着も沸かず、なとなく、家の事情で無理矢理愛する恋人と引き離され、親の決めた面白みのない若干顎の尖ったぎすぎすした妻と無理矢理結婚させられてしまった御曹司の結婚生活のように、おいらと『新パンダちゃん』との間は冷え切った関係になってしまった」のであります。
  
かわいそうな浩司くんの不幸は、これだけではありません。そのほかにも、こんな恐ろしいことがあったのです。
  
「うちのじーちゃんと近所の公園で遊び、家に帰ってみたら、母親とばーさまが、熊のぬいぐるみを解剖して、中の綿を利用して昼寝用枕を縫っているところにでくわしてしまったことがある。

つまり、おいらがいるところでは邪魔されるので、じーちゃんにおいらを連れ出させ、その間に凶行に及んでいたのが、折悪く終わる前においらが帰ってきた為に犯行を目撃されてしまったのだ。
  
これも、一体、どういうわけでわざわざ孫が気にいっているぬいぐるみ
を使ってまで『昼寝用枕』を作る必要があったのかは今もって謎のまま
だが、家に帰ってきた時に目のあたりにした、『引き裂かれたぬいぐるみ』の映像は完全にトラウマとして残ってしまっている」
  
なんという残酷な。こんな深い傷を負った浩司くんが、家を出て、グレて極道にならなかったのが、不思議なくらいです。これまた理解できず、納得のいかない母親の行為で、血迷ったとしか考えられません。
  
  
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母親に虐げられた、このかわいそうな三人の子供たちの話をオットットにすると、彼は灰褐色の眼をクリクリさせて、
「そうなんだよ。母親ってやつは、ほんとにもうッ」
といきり立つではありませんか。

そう、イギリス人といえども、母親なんてみーんな一緒。いたいけな子供の心なんて、てんでわかっとらんのだよ。
  
オットちゃんが、十歳のころのお話です。
ある日のこと。五歳になる近所の男の子が、家に遊びにきました。いつも一緒のテディベアを持っていないので、オットちゃんのお母さんが、どうしたのかと聞くと、無くしてしまったと、悲しげな顔をするのです。
  
すると、オットちゃんのお母さんは二階に駆け上がって、オットちゃんのテディベアを持ってきて、なんと、こういったのです。
「ほーら、これ、いいでしょう? どう? 欲しい?」
  
仰天したのは、オットちゃん。もう十歳になっていたから、それを持って遊ぶわけではないけれど、そのテディベアは、浩司くんにとってのパンダちゃんと同様、長年の苦楽をともにした親友であり、宝物であったのです。
  
さらに、お母さんは、
「あんたはもう大きいんだから、テディベアなんていらないわね。もう、お兄ちゃんでしょ」
といって、そのテディベアを、その子にあげてしまったのです。
    
あああああーーーーっ!
オットちゃんは、心のなかで悲鳴をあげました。でも、五歳の子の前で
「もう大きいんだから」といわれては、オトコの面子にかけても「ぼく、やだいっ。ぼくのテディベアだもん」なんて、いえたものではありません。

あのときの辛い気持、そしてお母さんに対する不信感は、いまだにトラ
ウマとなって、オットちゃんの心に残っているです。
ああ、世の母親とは、なんと残酷なものでありましょう。


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