屋外

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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イギリス生活よもやま話【ブログ】

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屋外

【庭で? それとも内で?】
  
あれは、まだわたしがイギリスに来てまもない、初夏だった。
夫婦で午後のお茶に招かれた。友人宅に伺うと、玄関に入るなり、
"Garden? Or,inside?"
と聞かれて唖然とした。

庭か内かって、そんなこと聞かなくても、お茶を飲むんだから内でしょうが、当然。と思って「内で」と言うと、友人夫妻は「え?」という顔をした。そこには明らかな当惑があった。
  
この気まずさを感じ取った夫が、すかさず助け舟を出した。
「いやあ、こんないい天気だもの、庭にしょうよ」
当然のごとく夫妻は茶器を庭に運んだ。

というか、始めからそれは庭に運ぶよう、お盆に乗せて庭に通じるドアのそばに待機させてあったのだ。かくしてわたしの「内で」というチョイスは、まるで存在すらしなかったように、完全に黙殺された。
  
それから数年たって、わたしはこの質問の本意を会得した。「庭で? それとも内で?」と聞かれたとき、イギリス人は十人が十人とも「庭」と答える。

しかもそこには、「んなこたぁ聞くまでもない。ノー・クエスチョンだろがコンニャロめ」的ニュアンスが盛り込まれている。だからこれは質問の形をとってはいるが、質問ではない。「庭に決まってるよな」という確認の言葉なのだ。
  
つまりこの場合、あなたに選択の余地はない。まかりまちがって「内で」などと寝ぼけたことを言えば、わたしのように無視され、「だーから日本人ってぜんぜんわかってないんだよな」と厭われる。
  
西欧人はじつに戸外で食べることが好きである。ほら、パリの街角の写真などによくあるでしょう。舗道にならんだカフェのテーブルで、雑踏のほこりも車の排気ガスもものともせずに食べたり飲んだりしている光景が。
  
パリでなくとも、ヨーロッパではどこでもあの光景が見られるが、西欧人は、あれを自宅でもやるのである。自宅の庭のテラスにテーブルや椅子を置いて、そこに、うちにはないけれどお金持の家では、レンガ造りのバーベキューのカマドなんぞが、備え付けられている。
  
  
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イギリスでは、家を買うと芝生の庭がグリコのおまけ的についてくるので、わが家にも芝生の庭がある。毎年五月から八月末までの四ヶ月間、わたしたちは、雨さえ降らなければ、庭でランチと夕食をとっている。
  
しかし、わたしは嬉々として外で食べているわけではないのだ。ランチはよいとしても、問題は夕食。イギリスでは夕方になると、嘘のように、ストンと気温が落ちる。

それが「涼しい」という程度ならまだしも、しばしば「寒い」という段階になる。だから真夏でもカーディガンが離せない。ヨーロッパのレストランのオープンテラスに、ケッタイな焼却炉のような形をした庭用ストーブがあるのは、このためである。

ストーブをつけてまで、外にいたいかぁ?
日本人であるわたしには素朴な疑問が浮かぶが、イエース、彼らはそれでも外にいたいのだ。
  
そしてもうひとつ、わたしが戸外で食べるのを敬遠する理由がある。わたしは、熱いものは、熱いうちに食べたい。ところが、外で食べると、気温が低いのと風があるのとで、またたく間に冷めてしまう。

冷たいカレーライスの、いったいどこがおいしいんだ、えッ? しかしヨーロッパ人は、そういうことについてはまったく頓着ないらしい。
  
  
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晴れた日の夕方には、いつも、オットットが食事の支度をするわたしのところにやってきて、例の質問をする。
"Garden? Or,inside?"
もう長年のこと、わたしには、これが質問でないことぐらい、わかっている。
  
ぼくちん、お外で食べたいな、ワンワン。ねえねえ、お外で食べようよ、ワンワン。
と、目が言っているのだ、目が。こういうときだけ、奴は子犬のお目目になって懇願するのだ。

ちぇ、しゃーないな、もう。
よしよし、わーった、わーった。ガーデンにしよ、なっ。
  
ウワンッ!
子犬ちゃんは、ちぎれんばかりに尻尾をふって、テーブル・セッティングを始める。テーブルクロスをかけて、シャンペングラスに庭のバラを一輪挿して。

ワインクーラーには白ワイン。グラス、お皿、ナイフとフォーク、ナプキン。必要なものがたちどころにテーブルに並ぶ。
  
そして、小さなキャンドルを灯して(これは灯りではなくて、ムード作りの小道具)。そこに一陣の風が吹いて、庭で満開のラベンダーの香りがふわりと匂ってくる。うーん、なんてロマンチックなんでしょう。
  
あー、ダメ、ダメ、日本でこれを真似しようとしても、そりゃ無理っちゅうもんです。まず、気候が違う。六、七、八月の三ヶ月、イギリスでは日本の五月のごとき爽やかな日が続くのだ。梅雨もなければ、酷暑もない。そして夏の夜は十時頃まで明るい。
  
次に、なぜかイギリスには、虫がいない。だから網戸がない。夕方の戸外での食事が可能なのは、蚊がいないからこそ。そりゃまあ、日本では蚊取線香という手があるけれど。

不思議なことに、マーゲイトのような田舎でも、 灯りに寄ってくる蛾や羽虫がほとんどいないのである。テーブルのキャンド ルに寄ってくる蛾が鱗粉を撒き散らしたら、とても食事どころじゃない。
  
そして、ロマンチック・ディナーの現実は――
じつは、わたしゃ冷え性なんである。だから、寒いんである。
たちまち冷めてしまったラザーニャを、もそもそと食べ終わると、
フェックショーイ!
ありゃりゃ。キャンドルの灯が、消えてしもた。
  
ずるっ鼻を拭きながら、キャンドルに灯をつけようとすると、
「なんてロマンチックなワイフなんだろう」
とオットットは皮肉をいう。
  
わたしは家に駆け込んで、わざと冬のキルティングの上着を持ち出して来る(カーディガンでないところが明らかに夫へのあてつけである。できるものなら相撲取りか、さんまのまんまちゃんの着ぐるみを着てやりたいところだ)。

おー、さぶ、さぶ。
ね、もう中に入っていい? 食事は一緒に食べたから、ワイフとしてのノルマは果たしたもんね。
なにッ? 食後のコーヒーだと? あんた庭で飲めば。あたしゃ内で
飲むから。
  
――それにしても、なぜこんなにも彼らは外にいたがるのか。
わたしが思うには、冬の北ヨーロッパの、乏しい太陽のせいではないか。

一年のうちの半分は、あまり陽の射さないぐずついた天気が続くので、とにかく暗いのだ。そこで、太陽の光に餓えている民族は、夏になると、ここを先途と、最大限に陽の光を浴びようとする。

そして、陽の名残りを惜しむように、いつまでも、いつまでも外にいるのではないだろうか。


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