自慢

イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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自慢

【それはわたしのベストじゃない】
  
もうずいぶんと前の話だが、わたしが、マーゲイトの英語学校に通っているとき、おなじクラスに、マリア・ジョセフィーナ・ロドリゲスという、ベネズエラ人の若い女性がいた。

ハッとするような美人で、毎日念入りに化粧し、爪はいつも、キラリと赤く光っていた。昔の映画の、『ウエストサイド物語』に出ていた頃の、ナタリー・ウッドに似ている。
  
で、化粧美人なのかと思うと、さにあらず。一度スッピンで登校したことがあったが、その顔が、こんどはキャンデス・バーゲン(これまた古い女優だが)の美しさなのだ。
  
いやあ、まいったね。こういう美しい女の人生って、どんなものだろうと思う。案外と平凡かもしれないが、それにしてもうらやましいなあ。女なら誰だって、美しく生まれたいと思うじゃありませんか。
  
わたしは、かねてから、マリアの顔をスケッチしたいと思っていたので、たまたまカメラを持っていたときに、あなたはとても綺麗だから、アップで撮らせてほしいと頼んだ。すると彼女はパッと顔を輝かせて、嬉しそうにポーズをとった。
  
撮り終ってサンキューというと、彼女はスペイン訛りの英語で、こういった。
「あのう……、あなたが今撮ったわたしの顔ね、最高によく撮れているとは思えないの」

へ? どういうこと?
「だってわたしちょっと汗ばんでいるから、鼻の頭の化粧が剥げているかもしれない。だからそれはわたしのベストの写真じゃないのよ」
  
鼻の頭の化粧? なんのこっちゃ、それは……。
あまりにも予期しなかったセリフに、わたしはキョトンとなった。そうして、しばらく考えて、やっと合点がいった。

なるほどねえ。写真うつりがよくなかったときのために、予防線を張っているのだ。「それはわたしのベストの写真じゃない」ということは、つまり、たとえ写真の出来栄えが悪かろうとも、実物はそんなんじゃない、写真よりはもっと美しいのだと、いいたいらしい。
  
はいはい、わかった、わかった、あんたは美人です。もし美人に撮れてなかったら、それは、鼻の頭の化粧のせいです。いや、カメラが悪いのです。いや、撮ったわたしのせいなのです。
やれやれ……。


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今は閉店してしまって、残念でならないのだが、カンタベリー近郊のブリッジという村に、一軒の喫茶店があった。ここのおかみさんの手作りのケーキは、とてもおいしくて、しかもドーンと大きく、さらに、それをたっぷりと切り分けてくれるので、評判だった。
  
特に、ブラックチェリーをふんだんに使ったレアチーズケーキは、絶品だったし、パヴロヴァという、メレンゲと苺とクリームでできた薄いピンクのケーキも、淡雪のごとく儚(はかな)げで、甘やかな夢のように美しい。
  
店は、十七世紀の古びたレンガのコテッジで、年月を経たレンガの色は優しく、その肌は暖かくやわらかい。そして、当時のままの大きな暖炉が、いっそうの風趣を添えている。

テーブルには、ピンクのキャンドル。ピンクの薔薇のつぼみを散りばめた、ティーカップ。そして、おなじ薔薇の模様の、ローラ・アシュレイのランチョンマット。
  
天気のよい日には、裏庭の小川にかかる小さな橋をわたれば、芝生の上の白いテーブルで、花にかこまれて、午後のお茶が楽しめる。イングリッシュ・カントリー、古き良き英国、そのエッセンスが、野薔薇のように薫る店だった。
  
ある日のこと。
この鄙びた田舎の喫茶店は、ひっそりとして客の姿もなく、おかみさんと呼ぶにはあまりにも上品でひかえめな、歳のころ五十七、八とおぼしき女主人が、店の片隅のテーブルで、ウエディングケーキのデコレーションをやっていた。
  
口金のついた袋から、クリームをにゅにゅにゅと絞り出して、模様を描いていく、アレである。イギリスでは、日本のウエディングケーキのような、ハリボテの摩天楼はつくらないから、三段くらいの小さなものだ。
  
女主人はその手をとめて、わたしにお茶をいれて、レモンケーキを切ってくれた。そして、またテーブルに戻って、作業を続けた。わたしは、見せてもらってもかまわないかと断って、お手並み拝見することにした。
  
その、白いアイシングでくるまれたケーキが、馬蹄形をしているので、不思議に思って聞くと、イギリスでは、馬の蹄鉄は幸福のシンボルなのだそうな。
  
わたしはとてもこんなふうにうまくはできない、というと、女主人は一呼吸おいて、さりげなさを装いながらも、きっぱりといった。
あくまでも物静かな声で。

「でもね、わたしの作るケーキのうちでこれが最高の出来ってわけではないのよ」
  
ガーン。
ブルータス、あんたもかい。

わたしは鼻白んで、すごすごとテーブルに戻った。カップに残った冷めたミルクティのように興ざめだった。
  
「それはわたしのベストじゃない」
こういう自慢の仕方があることを、わたしはイギリスへ来てはじめて、知った。


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