イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

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Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

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イギリス生活よもやま話【ブログ】

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【パンツの穴 】
  
ありゃ。
洗濯物を取り込んでいて、発見した。
直径が一センチほどの穴。オットットのパンツのお尻のところにあいている。こりゃ、あかんわ。捨てよう。
  
「これ、捨てるからね。穴があいてるから」
と、パンツを見せると、彼は目をくりくりさせて、反撃してきた。そのリアクションに、わたしは驚いた。そうだね、という同意が返ってくるものとばかり、思っていたからだ。
  
「だめだよ、捨てちゃあ。それはぼくの一番好きなパンツなんだから」
「でも穴があいてるじゃない」
「いいんだよ、穴があいてたって。このきれいな色が気に入ってるんだから」
  
わたしの手からそのワインレッドのパンツを取って、
「ふんとにもう、危ないところだった」
などとぶつくさいいながら、夫はさっさとそれを、自分のタンスにしまった。へええ、あのパンツを気に入っていたのか。あたしゃ、ちっとも知らなかったよ。


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その晩――。
夕食を食べながら、やっぱり気になるのは、あの穴あきパンツ。

「あ、あのさあ、あのパンツのことだけど。やっぱり処分した方がいい
んじゃないの。で、新しいのを買えば? 同じような色だって探せばあるだろうし」
「やだね」

むーッ、なんちゅう頑固おやじだ。
しかし、と思い直して説得に努める。

「もしも、もしもよ、あれをはいて交通事故にでも遭ったとするじゃない。で、病院に運ばれて、そのときに看護婦さんとかに、穴のあいたパンツ見られたら、恥ずかしいじゃない。それに、そういうのって、妻の責任でしょ。わたしが恥をかくんだからねッ」
  
オットットはこれを聞くと、ナイフとフォークを持った手を置き、キョトンとしてわたしを見た。

「どうして、ぼくのパンツの穴が、妻の責任なわけ? ぼくのパンツは、ぼく個人の問題であって、きみには関係ないじゃない」
「えーっ、そうなの? 日本じゃ、夫に穴のあいたパンツをはかせてたら、奥さんが笑われるんだよ」
「どうしてえ? それって変だよ」

へええ、そうなのか。この国じゃ夫の下着に関して妻に責任はないのか。
やったー! こりゃいいや。
  
しかし、とまた考えなおす。
ま、妻の責任はまぬがれるにしても、やっぱり穴あきパンツはまずいよう。

「恥ずかしいって、どうして? 穴があいているから? それがどうして恥ずかしいの?」
ううーむ、この感覚の差。真っ向から対立する。
  
日本なら、穴 → 古着 → 新しいのが買えない → 貧乏、という方式がたちまち成立して、恥ずかしい。もちろん貧乏は恥じることではないと理屈ではわかっているが、穴のあいた服はやっぱり……。
納得しないわたしの顔をまっすぐ見て、彼は諭(さと)すようにいった。
  
「もしも服や下着が汚れていたら、それは恥ずかしい。でもね、穴があいてることは、ちっとも恥ずかしいことじゃないんだよ」
彼の褐色がかった灰色の瞳に宿る真摯の光を見て、わたしの眼から、ぽろりと鱗が落ちた。
  
  
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そうだったのか――。
イギリス人にとって、穴は恥じるべきものじゃないんだ。それでやっとわかった、なぜ、彼らが平気で穴のあいた服を着るのか――。
  
わたしがはじめてイギリスに来たとき、最初の四ヶ月はホームステイで、そのあと、アランという独身中年男の家に下宿した。

アランは気の良い男だが、定職を持たず、そのくせ家に帰るのは週に一度ぐらいで、あとはガールフレンドのところに、泊まりこんでいるらしい。ということ以外には、どこで何をしているのか、サッパリわからぬ極楽トンボだった。
  
そのアランと、たまに顔を会わせたとき、彼のセーターの肩のところに、直径二センチくらいの穴があいていた。日本では、穴のあいたセーターを着る人など見たことがないので、当惑した。

そのセーターがメリヤス編みなので、これをほうっておいたら糸がほつれて、穴がどんどん大きくなるのに……と、気になってしかたがない。
 
次に会ったとき、案の定、穴が五センチくらいに広がっていた。それでも、平気で着ていた。なんとかしてあげたいけれど、編針もない。半同棲の状態にあった彼のガールフレンドが、それをつくろう、ということもなかった。
  
うちのおとなりの奥さんは、庭仕事をするとき、穴のあいたスカートをはく。うっかり煙草で焦がして穴があいたが、捨てるのももったいないので、庭仕事専用にしているのだという。
  
さらに決定的なのは、夫の勤めていた英語学校の校長先生である。ある日曜日、パソコンの調子がおかしくなって、パソコンおたくである校長のマーティンに電話をすると、すぐに来てくれた。
そのときに彼がはいていたズボンときたら! 
  
片方の膝のところが、横一文字にカパッと十センチくらい裂けて、ベロンと口をあけている。その裂け目から、見たくもないスネ毛がもじゃらもじゃら。若い子のジーンズならそれもファッションだが、おやじのズボンは、そうじゃない。
  
これはちょっとした衝撃だった。マーティンなんて大きな家に住んでいて、高給取りだから、ズボン一本買えないなどありえない。

おそらく家で日曜大工でもやっていたのだろうが、そのままの恰好でやってきて、むろん恥じ入るようすもなければ、「こんな格好で失礼」という言い訳もない。堂々と、穴あきズボンをはいて、スタコラやって来た。
  
なるほどねえ。穴のあいた服を着ていても、恥じることなんかないんだ。人がそれをどう思おうと、知ったこっちゃないさ。

こんなとき、イギリス人は胸を張って、鼻を天井に向けて、いう。
Who cares? (だれが気にするっていうの?)

  
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