イギリス生活よもやま話【エッセイ】

プロフィール

profile-01.jpg

Teeka(フリート妙子)。イギリス人と結婚して、イギリス南東部に住んで、15年が過ぎました(はっや〜い!)。
夫とのなれそめは、よくある話なんですが、彼がわたしの英語の先生だったことです。
静かな海辺の田舎町で、教師を退職した父ちゃん(夫)と、ふたりで暮らしています。

運営サイト

ブログもアップしています。
イギリス生活よもやま話【ブログ】

1日1回のいいこと。クイズに答えてクリック募金しませんか? あなたには、一切お金はかかりません。

Sponsored Link

【オットット 】

わたしは、エッセイの中で、夫のことを、オットットと呼んでいる。なぜオットットかというと――

せっかちでオッチョコチョイで、そのうえ、毎日毎日しょうもない駄洒落を言い、わたしがうんざりすればするほど「イヒヒヒ」と喜ぶからだ。
  
こう言ってもまわりの人にはあまり信じてもらえない。なぜなら彼は一見渋めの英国紳士(自称)だから。ところがなんのなんの、しょっちゅうスカタンをやる。だからあんな奴は、夫というよりは、オットットで充分である。
    
オットットのスカタンといえば、まあいろいろとあるが、たとえば――
まだ春の盛りに、夏の休暇に湖水地方へ行こうかという話をしていた。

せっかちな夫はすぐに立ち上がって、図書館でガイドブックを借りてくると言って出て行った。

しばらくしてダダダダと帰ってきたのでいやに早いなと思ったら、「目を忘れた、目を」と言って、老眼鏡をつかんで、またダダダダと出ていった。ったく、もう。
  
やがて数冊のガイドブックを抱えて戻ってきた。ソファにすわって本を広げたとたん、
「あああーっ」
と奇声を発し、ダダダダとまた出て行った。

図書館にメガネを忘れてきたのである。
……アホちゃうか。


line-450x16.gif


オットットは、いつもメガネを探して、家中をうろうろしている。メガネがあるときは、メガネのケースを探してうろうろする。

ヒモで吊るして首にかけておけば失うこともなかろうと、ヒモを買ってきてあげたのに「ゲイみたいだからイヤ」などと、わけのわからんことをほざいて、使わない。

いつぞやも、ケースはあるのにメガネがないと大騒ぎするので、いっしょに一日かかって捜しまくった。その晩、ふとケースを開けてみたら、ちゃーんと入っているではないか。ったく、もう。
  
メガネ探しに懲りて、その後、オットットは新しくメガネを買ったので、家にはふたつのメガネがある。

ある晩、わたしが暖炉の前でひとり静かに本を読んでいると
「あ、ぼくも本を読もうっと」
という声が聞こえた。

アチャー! 
奴が来ると必ず、わたしの静寂は破られるという運命になっているのだ。
  
来なくてもいいのに横に来てすわり、あ、そうそう、その前に、と言ってメガネをかけて爪を切り始めた。プッチン、プッチンとうるさい。

爪の破片がわたしの本のページに飛んできた。キッとにらむと、あー、ごめん、ごめんと言いつつ、まったく応えてない。だーから来なくていいのに。シッ、シッ、あっちゃ行け。
  
爪を切り終えて、本をひざの上に置いたと思ったら、
「あわわわわわ」
と叫んでのけぞった。

まーた何をやらかしたんだと、本から目を上げると、オットットは身をよじってヒーコラ笑っている。

自分がすでにメガネをかけているのをすっかり忘れて、さ、本を読みましょ、と、もう一つのメガネをかけようとして、びっくりしたんだそうな。
……アホちゃうか。
  
  
line-450x16.gif

  
ある日のこと――

わたしは台所で夕食のしたくをしていた。
そのとき、部屋から「はあーーーっ」というため息が聞こえた。

あれ? あの脳天気があんな大きなため息をつくなんて。いったいどうしたんだろう。ふだんはオチャラケているけれど、あれで案外と人知れず悩みがあるのかもしれない。
  
ひょっとしたら、わたしのことではないかしらん。日本人の妻を持って、やはりイギリス人とはずいぶんと違うから、なにかと不満が鬱積しているのではないだろうか。いつになくわたしは殊勝な気持になった。
  
それにしてもあのため息、まるで人生の深淵を覗きこんだような……。
夫にあんなため息をつかせるようなことを、何かやったんじゃないか。

そうでなくとも、わたしゃグータラで、至らないところのありすぎる妻である。夫は言いたいことも言わずに我慢しているのだろうか。鍋をかきまわしながら、わたしの心は千千(ちぢ)にみだれた。
  
そのとき、またもや、
「はあーーーっ」
と、いっそう深いため息が漏れた。

これはいかん。
わたしは鍋の火をとめて、そうっとドアからのぞいた。
  
オットットはこちらに背を向けて机にすわってなにやら書いている。その肩が心なしかいつもより下がって見える。全世界の悲哀と苦悩を一身に背負ったようなその背中。

わたしはなんだかとてもかわいそうになった。いつになく思いきり優しい声で、肩をなでなでしながら言った。

「ダーリン、いったいどうしたの?」
「ん?」
という顔で振り向いた表情に翳(かげ)りはない。気丈にも、胸の内を顔に出すまいとしているのだろうか。

「何かあったんじゃないの? 話してよ」
「いや、べつにィ……」
「隠さなくてもいいじゃない。あんなため息ついて、何もないはずないもん」

「ため息?」
「さっき大きなため息ついたじゃない、はあーーって、二度も」
  
オットットは、きょとんとした。
そして、少し考えて、ギャッハッハと笑った。

「あー、あれはね、メガネがくもってたから、こうやってはあーーって息吹きかけて、拭いたの。ほら、きれいになっただろ? やっぱメガネは息吹きかけるのが一番だね。ほら、はあーーってやって、こうやってキュッキュッと拭くの」
  
パッコーン!  
わたしは頭をはりたおしてやった。


 次のエッセイへ
 トップページへ 
Sponsored Link

検索

カスタム検索

サブコンテンツ

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。